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一月度 読書感想文

稲盛和夫著“生き方”を読んで

今月の推薦を受けた図書が3冊あったため、松下幸之助著“夢を育てる”、
小倉昌男著“経営学”の順で読んだ。偶然かこの稲盛さんの本の中で先ず、
松下さんの講演で聞いたという“ダム経営”について触れていた。景気の
良いときこそ景気の悪いときに備えて蓄えをしておく、そういう余裕の
ある経営をすべきである。それを達成するためには凄まじく強烈な願望が
無いと出来ない事を体得したと。
次に、“細心の計画と準備なくして成功はありえない”の章では、前例の
無いことに挑戦をするときは周囲の反対や反発は避けられないが、自分の
中で“できる”という確固たる信念が大切であると解いている。ここでは
小倉さんが郵便局の牙城である個人宅配市場に切り込むときに効率が悪い
という従来常識を疑い、全国規模の集配ネットワークを構築すれば
ビジネスに繋がると考え、反対を押し切り、成功につなげたことが思い
出された。

この本を通して稲盛さんが言いたいことは“一日一日をど真剣に生き
なさい”ということではなかろうか。
まじめに一生懸命仕事に打ち込むこと。そのような勤勉を通して人間は
精神的豊かさや人間的深みも獲得できる。喜びが得られる対象は仕事
の中にある。
仕事の楽しさは苦しさを超えたところに潜んでいる、的を得た表現と思う。
私自身も長年、標準機の開発や販促そして新規顧客の開拓などを行って
きたが、苦労が多ければ多いほどこれを乗り越えたときの達成感は特別
のものがあった。
今までの体験の中では印刷機の開発がこれに値すると思う
ディスクリート商品に陰りが出始め、何としてもSMT商品を出さなければ
ならなかったが、先ずは対象商品決めで大きな課題が生じた。最初は
当社技術の横展開ということで簡易マウンターでのスタートなったが、
最新部材の調達が難しく、数台製作後断念。苦慮の末、印刷機に落ち
着いた。しかし印刷に関するノウハウも無く、全くのゼロからのスタート
で苦難の連続であった。技術陣他の頑張りと商社の絶大なる協力の下、
約2年の歳月を費やし、市場評価獲得と売り上げ数字に貢献出来るよう
になったときの充実感、達成感は格別であった。

“自分は何のために生きるのか?”
稲盛さんは心を高め、魂を磨くことといっておられる。
生まれたときよりわずかながらでも美しく崇高な魂を持って“いい人生
であった”といえる終焉が迎えられるようにと。
常に何のため生きるのかを自問自答し、精進し、そして自らを成長させる
ことが必要と思う。




小倉昌男著“経営学”を読んで
今から2年ほど前まで当地東伊那や中沢を担当していたクロネコヤマト
のセールスドライバーのKさん、いつも咲顔かつ元気に配送をしており、
あまりのバイタリーさに時にはこちらが圧倒されることもあった。会社に
来た折は、社員の名前を覚える努力もされており、多くの人に声をかけ本来
業務のほかにカタログ商品の注文取りも積極的にこなしていた。
又我が家への配達の折は、高齢者にも積極的に声賭けをし、“今日は
お婆ちゃんへの荷物ですよ~”と気持ちのいい応対に亡き母もすっかり
Kさんのファンとなり、この瞬間を楽しみにさえしていた。
Kさんの日々の行動、この明るさ、やる気の源はどこからのものだろう
か?持ち合わせた資質かもしれないが、それだけでは解決しえないものを
感じ、常々気になっていた。
この小倉さんの本でその疑問の一部がわかったような気がした。

粗筋としては以下の通りである。
ヤマト運輸に入社後、即、大病にかかり闘病や自宅でのリハビリなどで辛い
4年半を過ごしたのち、静岡の事業所からのスタート。
それ以降多くの部署を経験するが、その傍ら多数のセミナーに参加し、
“自ら考える”そして“その考える姿勢が大切”であることを体得。
46年に社長に就任と同時に大幅な減収減益となり、新しい市場への転換、
すなわち個人荷物への宅配へと方向変換をする。
役員他誰一人賛成しない宅急便事業に対し、揺るがぬ信念の下、卓越
した説明力と行動力でビジネスとして確立。
それ以降、役人との戦いにもめげることなく、“サービスが先、利益は後”
の信念でサービス向上に向けた商品開発に注力。
・・・・・・

常に先を読み、ロジカルに検証する小倉さんの経営スタイルの中で、
自分にとって注目に値したのは、全員経営を目指したところである。
経営の目的や目標を明記した上で、やり方を細かく規定せずに社員に任せ、
自分の仕事に責任を持って遂行してもらうのだ。自律の重要性を説いている。
ヤマトのセールスドライバーは配達の他に注文取りや集金など多岐に
わたっているが、これを一人でこなし、完結するとやりがいや面白さ
につながりにつながる。仕事に責任を持つことは大変であるが、反面、
達成感があり、やり甲斐があることに気づかせ、そして皆がそれに
気づいたのである。これがヤマトの強みであり他に誇れる企業文化
ではなかろうか。
そして今までの商業貨物の場合は御礼など言われることがなかったが、
宅急便の場合は都度お客様からの“ありがとう”、“ご苦労様”があり、
一層やる気向上につながるのだから・・・。
全員営業を目指すヤマトの現在従業員は約17万人。小倉さんは2005年
に逝去されたが、宅急便事業を通じて地域社会に貢献するという精神は
しっかり受け継がれていると思う。

“働くとは”
 健康で動けるうちは切り離すことのできないことであり、日々の中で
半分近くは働いている。この中でただ単に働くのではなく、やりがい
を持って、楽しく、自律的であることが大切ではなかろうか。
常に働く意味を自問自答しながら周りに対し、好発信が出来る自分を
目指したい。
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働くってこと

成功者といわれる方々には共通の哲学があるのかもしれない。
強い信念と行動力そして周りへの謙虚と感謝。

強い信念を持つこと。
これは「自分が生涯かけて何をしたいのか」
「何のためにやる」と決めたのかにあると感じた。
これがあるからこそ貫くことができる。

自分は何のために社会に出ているのか。
会社で何をしたいのか。
最初の頃は労働することで自分の存在価値を見ていたと思う。
存在価値を感じるのは給料であったのかもしれない。
残業をして仕事をこなす、一生懸命やればやるほど残業手当がつく。
それがやりがいだと感じていた時もある。
でも、それが自分の生涯をかけてやりたいことなのだろうか。

自分の夢ってなんだろうか。
何のために自分は生きているのか。
自分には夢があるかないか。
夢なのか欲望なのか。
自分の「使命」って何だろうか。
命を掛けて何をするのか。
それが自分の為なのか、他人の為なのか。
何のために働くのか。

小倉さんの本では「働き甲斐は生き甲斐」とあった。
確かにそうだ。
となると「働く」ってなんだろう。
稲盛さんは「日々の労働によって心は磨かれる」と言う。
自分は幸せなことに会社で仕事をしている。
一日の時間の多くを会社で過ごしている。
会社で働いていることで自分の心は磨かれているか。
毎日成長できる環境にいながら、真剣に立ち向かっているか?
悩んでいても前には進まない。
いつも言っている「目の前の人を笑顔にする」を実行し、
やっぱり「みんなに喜びを与えることのできるようなデッカイ人間」になりたい。

自分は何の為に働いているのか

『自分は何のために働いているのか』

『小倉昌男』 経営学
『生き方 --- 人間として一番大切な事』  稲盛和夫

上記2冊を読んで、『自分は何のために働いているのか』を考えました。

社会人になってから、30年目の年を迎えます。
高校を卒業して、当たり前のように就職して、
自分なりに精一杯人生を歩んで来たつもりです。
父親、母親の働く姿を見て、
大変だなーと思う所も有りましたが、
逆に、反面教師の対象として、こうはなりたくないと
当てはめていた部分も有りました。

自分が、実際に『自分はこうなりたい』と大きな夢を持って
働いてきたのかは、今思い返してもはっきりしません。
しかし、苦しい事が有った時には、『なにくそ!』と思う気持ちで
乗り越えて来ました。

稲盛和夫さんの本にも、『大きな夢を描く事』が必要と有ります。
思いの力をうまく働かせて人生や仕事で大きな成果を得るには、
まずその土台となる『大きな夢・目標』を描く事が肝心で、
毎日、追い詰められて、仕事をしていても、
夢や目標を持ってトライし続ければ、
自分が働いている気持ちや行動にも自然に変化が生まれてきて、
その『思い』を自分の言葉で伝えて行く事が出来ると、
それが大きな力になると有りました。

ただ、何の目標も無く、毎日働いて過ごすよりは、
こんなことをやりたいとか、こうなりたいと思い
毎日思い、過ごす人とでは、考え方や成長に、
大きな差が出てくると思います。

まず、自分の前にある仕事に対して、
一生懸命取り組む事が大切で、
目の前にある、仕事を真剣に取り組む事で、
自分の人生も変わって来る事になります。

小倉昌男さんの経営学には『あきらめない気持ちが大切』との
言葉が有りました。
仕事の中でも、苦しい事・つらい事はいつでも出てきます。
この時に、あきらめて横に反れることなく突き進んだ方が
自分の為になると思います。

この鍛錬の繰り返しが、仕事をしていく中での
自分自信を鍛える、ステップになってくると思います。
そして、その事が、人生を豊かにする1段1段の階段に
なるのだと思います。

人間は、人生のあらゆる場面で迷い、悩み、苦しみ、困ったりします。
どの道を選び、どう行動するのかを判断する事『基準』を作り、
自分の人生の地図を持って行動し、
反省する心を忘れずに行動して行くことが大切です。

ただ突き進んで、頭でっかちになって、
威張り散らすのではなく、
人の心には、『謙虚さ』も必要です。
何か自慢したいことが有ったとしても、
そこのところはぐっと我慢して、
自分の心の中に押し込んで、対応したほうが、
人間として大きくなれます。
自分も、そういうバランスのとれた人間になりたいと思います。
そして、感謝の気持ちを忘れずに、
いつでも有難うの心を持ち続けたいと思います。

働くという事は、
お金を稼ぐという事だけでは無く、
自分自身をを大きくする上での、鍛錬の場で有ったり、
人と人との出会いを通して、
自分を成長させる場であると思います。
人間として、大きくなる為にも、
働く事で鍛えて行きたいと思います。

これからの自分の人生を働くという事で、
楽しみ、成長に繋げて行きたいと思います。

昨日出荷になりました。

昨日、1台の機械が出荷になりました。
その機械は、チャレンジテーマで取り上げた
「超高速の機械を作ろう」
というところから生まれた機械です。
お客様は、大量の製品のを受注しており、
マシンのサイクルタイムが重要になっていました。
1個製品を作るのに、何秒でできるかで、機械の台数が決まってきます。
遅ければ、沢山の機械が必要になるし、早ければ数台で済みます。
テーマがスタートした時は、
びっくりするくらいの速度の機械を作ろうという思いでスタートしました。
検討しているうちに、排出される製品が多ければいいので
多数個取りで、機械を作ろうという事に決まりました。
周りの皆に話してみると、
「なーんだ、機械自体はおそいんだ」とか
「多数個取りなんて卑怯だ」などといわれてしまいました。
「排出量が同じなら、一個取りでも多数個取りでもいいじゃないか」
という思いと、「多数個取りだって難しいんだぞ」という思いで
3個取りの機械にする事にしました。

並んでいる製品を3個別々に分割するユニットと
検査して不良品を排出するユニット、
テーピングする時に一個、二個、三個と
ランダムにテーピングしなければいけないユニット等
新しいユニットが幾つかあり、いろいろなアイディアが出てきました。
設計も終わり、実際調整していくと、やはり問題も沢山発生してしまいました。
やはり、新しいユニットの機能を安定させる所は時間がかかりました。
そして、予定のマシンタクトにする作業も大変でした。
やはり、速い機械はそれなりに大変です。
納期も約束より20日ほど遅れてしまい、
お客様には大変迷惑を掛けてしまいました。

そして、先週の土曜日に完成したのです。
不良も少なくなり、機械も安定して動作しました。
営業担当者もこの機械には、熱い想いを持っていて
一緒になって問題解決に取り組んでくれました。
組立担当者も、日々遅くまで完成を目指して
取り組んでくれました。
大変お疲れ様でした。

機械の動き自体はそんなに速くはないんですが
製品の出来上がり速度は、ほんとに速く
目標の生産数まで、あっという間にできてしまいます。
今年は更に生産能力の高い機械を目指し
年内には、完成させたいと思っています。
今回の経験を基に更に速く、安定し、
作業性の良い機械を完成させます。
そして、年末には、声高らかに乾杯しましょう。



寒中お見舞い


「寒中お見舞い申し上げます。 ・・・・」
1通のはがきが届きました。
大学時代に、同じ下宿で一緒だった先輩からの寒中見舞いでした。
今年は喪中につき、新年のご挨拶を失礼申し上げたのですが、
13日に、中国から帰国したので・・・、と近況報告を兼ねた挨拶状でした。
     寒中お見舞い

先輩は、中国の大学で教授を務めています。
大学院を卒業して、すぐには国の関係機関に勤めていたように記憶して
いますが、いつの頃か中国に渡り、教鞭を執るようになりました。
土木専攻でしたが、その道をずっと歩んでいます。
今や、下水道方面の専門家として、中国各地での講演活動もしているようで、
広東省広州市からの招請もあったようですが、悩んだ末、大学で教鞭を
執る道を選んだ・・・、とはがきに書かれていました。

先輩とは、下宿時代に、お互いの部屋を行き来しては、一緒によく酒を飲み
ました。 1階が大家さんでしたので大騒ぎはできませんでしたが・・・。
出来の悪かった私にとっては、こんなに優秀な先輩が、時を共にしてくれる
ということがとても嬉しくて、よく理解できない難しい話にも、無理矢理うなづ
いては、笑いながら酒を飲んだものでした。

今の先輩の立ち位置について、詳しい状況は分からないのですが、
それにしても、日本で学び、自分で身に付けた技術を、中国の発展のため
に活かしているわけです。 中国の近代化において、下水道整備は重要な
施策の一つだと思います。 それほど古い話ではないと記憶していますが、
トイレに纏わる話は、広大な中国というお国事情でしょうか・・・。
下水道整備と聞いて、衛生面での近代化を思い浮かべてしまいます。
実際の事情は分かりません。 今から10年くらい前になるでしょうか、
広東省深圳市を訪れた時、近代的な建物が立ち並ぶその裏で、全く対照的
に貧しそうな佇まいが密集し、衛生的にも手が入れられていないような様子
を目の当たりにした記憶があります。

その国、その地域の文化というものもあるのでしょうけど、こういう話は
中国だけではありません。 東南アジアや、アフリカや・・・。
まだまだ自国だけでは手が打ち切れない途上の国がたくさんあります。
衛生面から発生する疫病だけでなく、食料不足や、そして医療の行き届か
ない地域の人々。 毎日何千人、何万人という人々が命を落としています。

 「今後も、学生達や日中友好のために、
   自分の出来ることを精一杯
    やっていきたいと思っています。」
先輩からのはがきの結びでした。
ん~! まだまだ先輩は輝き続けるんだろうなぁ。
よぉし、僕も・・・、 とは、まだ言えません。
陰ながらご活躍を祈ります。  ・・・とだけ。


..........................by 隣の住人

経営講座を聞いて

駒ヶ根市主催の経営講座、「砲丸と私の人生」を聴講してきました。
今回の講師は(有)辻谷工業の辻谷社長です。

78歳、現在も現役を貫く旋盤職人ですが、訥々とした語りは
聞くものに人生を感じさせ、訴えかけるものが多くありました。


辻谷社長


この企業は埼玉県富士見市にあり家族を中心とし10人程度の小さな
町工場として陸上用スポーツ器具やレジャー用品その他各種部品の
設計製造を行っています。

この企業の社長である辻谷さんが一躍有名になったのはここで作られた
陸上競技の砲丸投げで使用される砲丸がアトランタやバルセロナの
オリンピックで使用され、金、銀、銅のメダル受賞者のすべてがこの
企業の製品を使ったことです。

砲丸
 ≪アトランタ五輪で使用された砲丸≫

一般的に砲丸は7,26Kgの重さで国際規格はプラス5 ~25gの精度
が必要で、この精度内に入れることと重心をセンターに持っていくこと
が困難。ここが腕の見せ所で、現在これを確実にクリアできるのは世界
で辻谷さんただ一人だそうです。

砲丸の材料は鋳鉄であり、旋盤で加工しやすいよう両サイドにボスが
着いた形状で型より取り出されるが、高温状態から常温になるとき場所
により密度の差が生じてしまい重心が大きく異なっている。この重心を
センターに持っていく為に、バイトが金属にあたる音や金属表面の色、
送りハンドルに伝わる圧力などから判断をし、微妙な追い込みをしていく
そうです。

オリンピックで採用され、更に世界で5社ほど提供している砲丸の中で
選手が好んで使ってもらうために、球の表面をツルツルにするのではなく、
手のひらにフィットするよう“手紋”までいれるこだわりを持って製作
したのです。


世界一の腕前を聞きつけ各国から頻繁に高額での技術指導の要請があったが、
・日本で培われた技術は、国内でしっかり守りたい。
・ここまで来るのに多くの方に世話になったが、鋳物メーカーの方々
  からはの特別な教えも頂いており、裏切り行為は出来ない。
            などの理由ですべてお断りをしたとのことです。


これだけ加工技術が進歩した現在、最先端のNC機を駆使しても重心を
センターに持っていくことは出来ず、技能伝承で息子さんたちに指導を
しているが、この経験と感を伝えることは難しいようです。
辻谷さんも体力的にこの砲丸を旋盤に咥えることが困難となり、今年の
ロンドンオリンピックへの商品提供はしないとのことです。
残念ですね!

穏やかながらも人を引き付ける語りに時の経つのも忘れる二時間でした。

参考までにオリンピックで使用されたと同一の商品は1~2万円で購入
が可能とのことです。如何ですか?



中国最高のリーダー

30才代も過ぎようかという頃になって急に中国古典に興味を持つようになり、ぼつぼつ関連する書物を読んだりした。そのな中で良く出てくる話題が中国史上最高の皇帝は誰かというものだ。

 中国の皇帝で皆さんもすぐ名前が浮かんでくるのが、秦の始皇帝であったり、楊貴妃に溺れた唐の玄宗皇帝だろう。中国では各王朝に係る正史は次の王朝の責任で編纂する慣わしになっているので、自分が打倒した相手となる末代の皇帝は当然打倒の正当性を強調するため悪者扱いされるのが世の常だが、それを抜きにしても王朝成立後30年~100年程度で到達する絶頂期の皇帝がそうした候補になるのだろう。前漢の武帝、唐の太宗、明の永楽帝、清の康熙帝や乾隆帝などがそうした皇帝になろうか。ただし、最高の皇帝の選定基準は、いかに徳政を行ったかであり、必ずしも獲得領土の大きさではない。

 そうした選考の結果、最後の候補に残るのは、実態が分からない夏王朝以前を除けばしばしば唐の太宗と宋の太祖ということになるらしい。太宗は唐の建国を実質的に主導した人物であり、貞観の治と呼ばれる善政を行ったことでも有名だ。ただし、皇帝の座に就く際に玄武門の変と呼ばれるクーデターを起こして兄の皇太子を殺していることから、宋の太祖が最高の皇帝だという人が多いようだ。宋の太祖はその名のとおり宋初代皇帝であり、もともと軍人だが、石刻遺訓とよばれる後世皇帝に対する遺訓を残し、「意見が異なる者や諫言した者を殺してはならないこと」や「禅定を受けた前王朝の王家を末代まで保護すること」を命じ、宋の時代の基本原則である文治主義も彼が定めている。宋の時代、中国は一つの文化の頂点を極めたと言われているが、太祖がこうした基礎を定めたわけで、国を揺るがした新法派・旧法派の派閥争いや軍事力の弱体化といった弊害を差し引いても理想とする時代のひとつとされている。

 歴史書を読んでも就活や日々の仕事にすぐ役に立つノウハウが分かるわけではないが、国を統率するリーダーの理想像のあり方から自分の人生で何か学ぶべきものがないか考えてみるのも歴史書を読む楽しみだ。皆さんも是非そうした時間を作って欲しいと思う。  以上

7つの習慣

この正月に娘が置いていった「Business Think」という本を読んだことは、このブログでも以前書いたところだ。海外旅行から帰った娘とその本の感想を話すうちにその本のベースとなった本に「7つの習慣」というものがあり、わざわざ宅急便で送ってくれたので、今度は妻と二人で読むことになった。なんで妻も読むのかなと多少不思議に思ったのだが、読んでいくうちに娘の魂胆が分かってしまった。著者であるコヴィー氏は、人生に有益な7つの習慣を説明する中で自らの家族内での失敗事例を頻繁に登場させるので、妻も「ダメな例はみんな私達と同じね!」となぜかとても嬉しそうだ。全く上手く娘の魂胆にはまってしまったものだ。

 著者はこの本で他人依存ではなく主体的になること、生活体系の中心に普遍的な価値観を据えて人生の大きな目的に向かって努力していくこと、長期的にみてより本質的で重要な課題に優先して取り組んでいくことが、最初のステップである私的成功を達成する上で極めて重要だとしている。そして次の公的な成功を達成する上で重要な事項として、Win-Winの関係を築くこと、相手をまずしっかりと理解しようとすること、相乗効果を発揮させることの重要性を説いている。更に最後の全般的な注意事項として心技体を鍛えることが大切だと結んでいる。

 この本を読む中で、昔、外国人の友人から「我々の人間関係に対する考え方を良く表すものとしてWe agree to disagreeという表現があるよ。」と言われたことを思い出した。この表現は、この本のWin-Winの関係を築く章にも登場するのだが、どうしてもお互い合意に達しない交渉などがある際に「今回は意見の相違を素直に認め合って一旦物別れになるけれど、また将来別の機会で組もうね」というような意味だそうだ。きっちり明白な結論を出すことを文化として育ってきた彼らが、そうしたカラッとして合理的な思考方式の中でも人間関係を慮る表現を持つんだという驚きの記憶と共にたまに思い出すものだ。

 さて、この本だが、まだ妻は現在進行形で読んでいる。抽象的な表現になると理解が曖昧になるので、ズクのある彼女は何度も何度も後戻りしながら読んでいる。全部読み終わったらどんなことを言い出すのだろう。期待半分、不安半分の最近だ。  以  上

小学生の会社訪問会

地元、東伊那小学校5年生の工場見学がありました。
いつでも何処でもメモができるように首から画板のような板を提げて興味津々での来訪です。
正面玄関ではいつものウェルカムボードが子供達をお出迎え(歓声をいただきました)

会議室では簡単に会社紹介。
パワーポイントの資料でしたが、子供達はメモを取りまくりでした。
15分後くらいから実際に部署に入りました。
総務部では自分が同じ小学校出身であることをアピールして安心感と新密度をゲット。
         部署説明
      
営業技術部では、実際にコネクターが使われているスマートフォンや携帯ゲームを見せてコネクターの理解度UP。
技術部では動いている機械の映像と実際に3Dで図面を描き機械作りスタートを見てもらいました。
3Dの図面で穴をあけたときは「おーー!」歓声があがり説明者のTさんも咲顔でした。
管理Gでは部品手配の話しと重量物を運ぶクレーンに説明をうけ、加工Gでは国語の授業で習っている一文を入れての説明でした。
目の前で鉄が削れて行く様子や加工機が動いているのは普段は目にしないので目を輝かせていました。
                  部署説明2
                      
組立Gはコネクター組立機を目の前で作動させ何をする機械なのかの理解を深めてもらいました。
S組立Gはカット機で実際に部品カットの体験。
                   部署説明3

                   
それぞれの部署で小学生が理解してもらえるように工夫を凝らした説明でした。
案内で一緒に回った私も感動したのですが、先生から「感動しました!」の声をいただき嬉しくて説明担当者みんなに伝えちゃいました。

見学が終わった後、夕方・・・小学生から見学の感想文が届けられ「やられた!すごい!」
「すぐやる」は相手を感動させることの事例を学びました。
                掲示板


作文は掲示板に貼り出し、全社員で読んでいます。
この様子を先生に報告に行ってきます。

雪の朝の嬉しい事

今年も、寒気団が南下して、日本列島が凍え込んでいます。

先週の20日の金曜日も会社周辺に雪が降り、
又、
昨日から、今朝方にかけて、さらに10cm程度の雪が
降ったのではないでしょうか。

安全を確保する為に、
通勤時間を少し、早めた方も多いんではないでしょうか。

天竜精機の庭は、けっこう広くて
朝、早く出てきた方々が自主的に、車の通るルートの確保と、
工場の建物と建物の間の通路の雪かきを始めてくれています。

今朝も私は、諸事情で、AM6:00頃出社しました。
すでに、工場には明かりが付いており、
組立(G)の小○さんが、重機にエンジンをかけておりました。
こんなに早くから、雪かきの為に、有り難い事です。

雪かき(12-1-24)2


そのうちに、
技術の平〇さん、湯〇さん、総務の窪〇さん、
そして支援職の西〇さんも加わり、
早めの雪かきが始まりました。

今日は、たまたま、このメンバーが早く出て来て
対応して下さいましたが、
何人もの方々が、同じように
又、別々の形で雪かきをして下さいます。

雪かき(12-1-24)1


この方々は、
本当は、やらなくてはいけない事が別に有って、
早く出て来ている方々もおられます。
それでも、
関自主的に雪かきをやっていてくれる方々が
ほとんどです。

本当に、天竜精機の社員は、
みんなの為を思って、対応して頂ける方が多く
嬉しく思います。

朝、布団からなかなか出られないで寒がっている方が
おられましたら、
是非、少しだけ早く出勤して、
こんな方々の姿勢を見てあげて頂きたいです。

きっと元気を貰えると思いますし、
自分も頑張ろうという気持ちが
芽生えると思いますよ。

寒い日が続きますが、みなさん体調には注意して、
今シーズンを乗り切りましょう。

お疲れさまでした。

空の住人さん
定年、お疲れさまでした。
天竜精機に入社したのが昭和39年と聞きましたが
その年は私が生まれたとしです。
私が生まれた時に働きだしていたとは
年齢の差を感じます。

私が入社した時に、
最初に研修にいった場所が組立グループでした。
一週間もすると、メンバー全員の顔と名前もわかり
すこしづつなれてきたある日、
残業時間に突然、垢ぬけた人が会社の中を歩いていました。
周りのメンバーに話かけていたので、誰かなーと思っていました。
しかし、次の日からは又顔を見なくなり、ひと月がたちました。
その後、朝から朝礼に顔を出すようになり社員だとわかりました。
それが「空の住人さん」だったのです。
ひと月も何してたんだと思い、周りの人に聞いてみると
出張にいっていたのでした。
そんなに長く出張にいけるなんていいなーと思っていました。

一年後、約一億円のラインの仕事をしたのですが
私もメンバーに加えていただきました。
数人で出張に行ったのですが、
なかなかうまくいかず、2,3カ月は出っぱなしになっていました。
新しい事づくめで、初めての出張で、
いろいろな事を教えていただき
貴重な体験をさせていただきました。

それから一緒に仕事をする機会はすくなかったのですが、
営業に移った時から、又一緒に仕事をする機会が増えてきました。
新しい引き合いがあった時に、一緒にお客様の所にいって
お客様の要望や、仕様の確認をしてきました。
組立の経験が有、お客さまへの提案やアドバイスもでき
とても信頼されていると感じました。

まだまだ元気いっぱいだと思いますので
これからも今までの経験を生かし
アドバイスをお願いします。
そして、技術の伝承もお願いします。

定年

定年を迎える空の住人さん。 長い間お疲れ様でした。
とは言っても、まだ会社には在籍して活躍して頂けるとのことです。
空を自由に飛び回る元気さ、とても定年を迎えるような歳には見えません。
だからと言って、これからも・・・と、無理なお願いをするつもりは・・・少し。
まだまだ存分に力を発揮して、後輩の指導や、第2の知恵蔵を育てて頂けた
らと思います。

それにしても、47年9ヶ月・・・って長いですよね。
あっという間だと言っていましたが、定年を迎える今だから言えます。
いろんな思い出が頭をよぎることでしょう。

新しい物好きで、何にでも興味を持ってやってみる。
私なんかはできないとすぐに諦めるのですが、空の住人さんは、諦めず
やり抜いて、できてしまうところが 「スゴイ人だ」 と感服してしまいます。
さらには、それを極めて、一番になるところは驚きです。
器用さと丁寧さで実現し、それによりお客様から厚い信頼を寄せられてい
ました。 「あなたが担当してくれるなら、安心して任せられるよ。」 とは、
某大手電機メーカーの部長さんの言葉でした。

天竜精機の社史 『明日へのあしあと』 は、空の住人さんがリーダーとなっ
た 「社史編纂プロジェクト」 で纏め上げられました。
会社創業からの逸話がいくつか載せられていますが、創業5年目に入社
した空の住人さんにとっては、自分史の一部にも似た念いを込めたのかも
しれません。
『明日へのあしあと ~続編~ 』 は、空の住人さんの胸の内にあります。
数々の逸話の中に、47年の念いがいっぱい詰まっていることでしょう。
時々、ページを開いて覗かせてもらいます。

空の住人さん、もうしばらくご一緒させて下さい。
これからも宜しくお願い致します。


..........................by 隣の住人

インターネプコンショーを見学して


 18日東京、ビックサイトで行われたインターネプコンショー
を見学しました。
この展示会は今年で41回と歴史あるもので、過去に当社も25年
ほど継続出展をしたこともあります。
時代の変化と共に実装を中心とした内容だけでの展示では出展社や
来場者を拡大することができず、現在では基板製造、先端電子材料、
加工技術、カーエレなど多岐にわたっての展示会となっています。
約2000社が一堂に会するアジア最大の規模です。
今年は特に自動車や次世代照明関連の出展が多く、会場の占有率
が高なっていました。
昨年は未曾有の東日本大震災やタイ洪水などで壊滅的な被害を受けた
企業も多く、その影響での来場者数減少を予測しましたが、それに
反し、多くの人でごった返していました。

円高の影響で海外シフトの増加、空洞化の拡大など日本を取り巻く
環境は日に日に厳しさを増していますが、来場者の大半が日本人で
あろうと思われるこの展示会を見る限り、日本市場での設備に対する
ニーズの高さを窺い知ることが出来ました。
またこれだけの出展アイテム数を見るとこの市場での裾野の広さを
感じざるを得ませんでした。

実装関連の装置は国内大手より4社ほど出展されており、好調な
スマートフォンに対応する為、高速実装を狙ったデュアルレーン
タイプの展示が多く来場者の注目を集めていました。

印刷機関連では、お隣の国、韓国から国内生産台数一番を誇る企業
からの初出展がありました。
我々が持ち合わせない機能を持った商品も展示されており、10
コマはあろうと思われる大きなフロアで今回の販売窓口である国内
商社さんの本気度を窺い知ることが出来ました。
為替(ウォン安)の優位性も前面に出しながらのアピール・・・、
以前よりこんな状況も予想をしていましたが、ついに現実と
なりました。
良い意味でのライバル出現をチャンスと捉え、堂々と立ち向かい、
打ち勝っていく力を構築していきたいと思います。

その他では、全国各地より一コマブースを使っての自社PR、
特に精密加工技術や特殊表面処理等をアピールする企業が多く
見られました。
我々が求める技術を持った会社との出会いもありこれも収穫の
一つでした。

上述の通り、新たなライバルの出現など甘い環境ではないですが、
日本マーケットの裾野の広さ、そして元気さを知ることが出来た
展示会でもありました。

人生の区切り

昭和39年4月、定時制高校に通うと同時に
天竜精機に入社しました、当時16歳。
当然、世間の事は何も解らず、右往左往するばかりでした。

工作課(帝国通信のボリュームシャフトを加工する部署)
に配属になった私の上司は、現ナパック会長の鈴木明氏でした。
いろんな事を教わりましたが、一番は作業改善する楽しみでした。

その後、別の治工具課(現在の製造部)に移り
加工を担当しましたが、ここでの経験は後の組立で
大きく貢献出来、お客様にも加工の指導を要請される事も
ありました。

組立には応援に度々出るようになったが、いつの間にか
辞令が出ないまま、組立の人間となってしまいました。

初めての出張は今でも忘れません、埼玉に有る
富士電機吹上工場に機械を納め、泊まった旅館が
なんと、妻と同じ名前の「一二三旅館」・・・
神様のいたずらか? 

私の人生を大きく変えたのは、この組立時代だったと
思います。
現在のように、設備が整っている訳ではなく
技術レベルもまだまだ低く、組立すら思うように
行かない毎日のなか、試行錯誤することが楽しく
どうやって解決するか、明けても暮れてもその事ばかり
考えていました。
お陰で、機械の問題点を見つけ出すと言う力を自然と
身に付けたのです。

組立調整をする上で、必要不可欠な電気ソフトも
こうした情況の中で自己流で覚え、ずいぶん役に立って
きました。
この事によって、一人で搬入する回数も増えましたが
何かあっても、メカで処置するかソフトで処置するか
選択肢も増え、一段と心強くお客様と接する事が
できました。
全て分かっている調整者がソフト対応すれば
的確に処置が可能です。
何よりも、お客様の信頼度がかなり増しますので、
多くの調整者に是非この事を望みます。

人生の大半をこの組立調整に費やしたと言っても
過言ではないでしょう。

その後、設計に移動し最初の3DCADを導入したが
軌道に乗るまでは数年の月日が流れてしまいました。

やがて、二足草鞋でISO9001を傍らで行い
選任になってからは、エコアクション21を取得
その後、数年で現在の営業に移った訳です。

過去に組立としてお客様との関わりがあった為
顔見知りで有った事が唯一の助けでした。
しかし、交渉という点では電話は苦手
関係する仕事以外の話は苦手と
営業としては今一歩の状態でした

そんな中で唯一助けになったのは、
組調や電気が分かる事で、お客様に対して
いろんな提案が出来たり
その場でメンテイが出来た為、信頼を得られた
という事でしょうか。

47年と9ヶ月、本当に
 ありがとうございました。
本日で定年退職となりましたが
継続して、1年間またお世話になることに
なりました。

持っているものを精一杯伝えていきますので
宜しくお願い申し上げます。

英語苦労話

今週は英語での部署説明とということで、どうなるかなと私もほんの少しだけ心配していたのですが、説明してくれた皆さん全員堂々たるものでした。皆さん本当にお疲れ様でした。

 今回は偉そうに私もプレゼン原稿の監修などをちょこっとお手伝いしてみたのですが、実は私にとって英会話は苦労の連続でした。今でも流暢に話をできるレベルなどではないのですが、履歴に駐在員などと堂々と書くものだから当然しゃべれるのだろうと思われてしまうわけで、自業自得なわけです。そんなことで、今回を機に英会話を勉強し始めようと思った皆さんに自信を与える失敗事例をいくつか披露します。

事例1 出向先の仕事で29才にして初めて海外に出張することになり、ロンドンのとある協会へ二人で訪問した時のこと。先輩が話をして私が会話内容を筆記することになったのだが、英国人二人の話は早口でもあり、単語も何もさっぱり分からなかった。たまりかねて会話に割り込み、「もっとゆっくりしゃべって欲しい。」と言ったところ、先方二人に顔を見合わせて大笑いをされたあげく、何か言われたがそれも全然分からなかった。結局二人の口調はまるで変わらず、「英語もしゃべれずロンドンに来たのか」との偉そーな態度に「コノヤロー」と本当に腹が立った。勿論、訪問記録はすべて適当に想像上でやりとりを書いておいた。

事例2 出向先から親元に戻り、飛行機で親元のロンドン駐在に赴任する途中での出来事。食事の時間となり、アテンダントが食事の注文を取りに来たのだが、アテンダントがサービスのつもりでメニューの内容を説明し始めた話の内容がさっぱり分からない。どこかで一語ひっかかるとずうっとその言葉が頭から離れず、以降の言葉をすべて聞き逃してしまう悪い癖も出て、食事の選択も勝手にされてしまった。運の悪いことに出向先での部長が一部始終をたまたま見ており、ヒースロー空港でお前は出張時に本当に仕事ができていたのかという顔をされてしまい、冷や汗をかいた。

 世界にはいろいろな英語があります。日本の英会話教材はほとんどがアメリカ英語で、クィーンズイングリッシュはかなり語感も違うものだし、ましてやアフリカ人やアラブ系の人間の英語などは本当に英語かいなというレベルです。Rの発音が巻き舌でやけに耳について本当に良く分からない。駐在員時代に一緒に働いた英国人秘書に言わせれば、英語をしゃべるのは世界中で英国人だけだそうです。英国人の誇りは当然としても世界の人たちは英語を本当に単なるコミュニケーションの道具として使っているわけで、娘のIT会社なども楽天の向こうを張っていよいよ国際業務セクションの社内公用話を英語にするそうです。世界中からのお客様が絶えないことを目指す天竜精機とすれば、若手の皆さんはこれから英語が必須だし、今回の堂々たるプレゼンは素質十分なことを感じさせるものでした。私も今回の件で皆に負けないようにブラッシュアップするぞと感じた次第であります。   以上

次は小学生が見学に来ます

昨日の英語版部署説明に引き続き、今週末には地元小学5年生の会社見学があります。
今日は小学生向け部署説明のリハーサルでした。
通常の部署説明に比べ各担当の方が工夫満載でした。
それぞれの方々がそれぞれの部署の持ち味をどうやったら小学生に伝わるかを悩んで作り上げられていました。
「これで伝わるかな」など小学生が見たい聞きたいと思う部分を予測して説明されていたり
小学生が対象だけにいつもと勝手が違い「いつもより難しい」と言った声も聞こえてきました。

「この部署はこんなパターンで来るのか!」
「うわ~こんな見せ方があるのか」などなど、各部署回って見せていただくごとにワクワクしました。

やりがいのある仕事の内容や仕事の楽しさが伝わるか説明しているみんなの姿、そしてそれを聞いている小学生のキラキラ輝く眼が見えた気がしました。

明後日が本番です。
どんな工夫がされていたかは次回の報告までのお楽しみと言うことにします。

大人が楽しそうに仕事してなきゃ子供たちは夢が描けないですよね。
もしかしたら明後日の出会いが子供たちの人生にとって思い出の出会いになるのかもしれません。

実は私も小学4年生の頃、天竜精機の見学をしています。
今から40年ほど前の話ですが…でもあの時説明された「バネ分離機」覚えてます。
懐かしいなぁ。

大成功でした!

今日は、米国からお客様がお見えになりました。
そして、今回初めて『英語での部署説明』に
トライしました。

始めに、この英語での部署説明の取り組みを提案した時に、
『英語なんで無理だよ』の反対意見が出る事を
予想していましたが、各部署のリーダーが
前向きに考え、そして、担当者がしっかり取り組んでくれました。

総務の窪●さんは、自分で考えた原稿を暗記して
笑顔で説明してくれました。

営業の大●さんは、何時もになく緊張気味でしたが、
最後の質問まで、英語で答えてくれました。

設計の原〇さんは、奥様に確認して頂いたとの事で、
堂々と説明して下さいました。

管理の新●さんは、本当に流ちょうな英語で、私が
関心してしまいました。お客様からの質問にも
自分で回答しようと、努力して頂きました。

加工の松●さんは、私が想像していた以上の出来栄えで、
びっくりしました。

組立の湯●さんは、さすが現役に近いだけあって分かり易い
英語で説明してくれました。

S組立の桜●さんは、堂々と説明してくれて、米国のお客様に
負けないくらいの話し方でした。

皆さん、本当に有難う御座いました。
この7名の方に、全員では有りませんが、
『お客様が大変喜んでおられた事』を
伝えに行きました。
みんな、『伝わったのかなー?』と
心配しておりましたが、
『大変良かった』との感想を言って頂きました。

私達の『ビジョン』は、
「世界中からのお客様、見学者が絶えない会社になろう」です。
今回、その実感を少しですが、味わう事が出来たと思います。

これからも、こういった場面を作れるように、
お客様との関係作りを進めて行きたいと思います。

働くということ

2012年がスタートして、はや半月が経った。私にとって2011年は大きな転機だったと言える。社会人になって以来31年以上を過ごした職場を変えることになったからだ。職場を変えるということはまた、自分にとっての「働くということ」の意味を問い直す機会でもあったと感じている。

 よく自己紹介文などに趣味を書く欄があるが、私には厳密な意味での趣味はないように思う。英語でpastimeという言葉があるが、まさに時間を過ごすための娯楽に該当するものはあるが、人生を通じてというような意味合いも感ずる趣味というものに該当するものはない。辞書を引けば、趣味は仕事以外で個人が楽しむものとの意味が出ているが、私にとってはこの31年なにがしは、小倉さんが著書「経営学」で日本人の価値観として述べているように、働き甲斐こそが生き甲斐だったというのが「働くということ」を問い直した結論だ。仕事が趣味だと言うのは口幅ったいが、「働くということ」が生き甲斐だということは言える。今後も働き続ける限りこの心情は変わらないと確信を持っている。以前、英国に駐在していた際、現地の人間は早期退職して田舎暮らしをするのが夢だとよく言っていたものだ。それに対して、働くことを生き甲斐とする日本人の価値観は、ワークライフバンスが叫ばれる現在の世の中になっても大多数の日本人において変わらないでいくのではないかと思う。

 私の職業観は稲盛さんが「生き方」の中で述べているような魂を磨くようなようなレベルのものではないが、働くことを通じて体験できる困難や苦しみを乗り越えた後の達成感や満足感は働くことを通じてしか得られない麻薬のようなものだ。稲盛さんは、人生は人間として成長するための修行の場だという。やはり駐在員時代に引越しの挨拶で近所回りをした際、ちょっとあがりこんだレバノン人のお宅で何のきっかけだったか輪廻転生について結構激しい議論をしてしまったことがある。その中年の婦人はイスラム教徒で、彼女らの教義によれば人間の魂は死ぬと審判を受けて天国へ行くか地獄へ行くか二通りしかなく、生まれ変わるという道は絶対にないという。獣に生まれ変わりたいとは思わないが、魂の修行が足りなければ何度でも追試が受けられる仏教はいいなとつまらぬことを思ったものだ。魂とまでいかなくとも、私は「働くということ」を通じていつまでも貪欲に生き甲斐を追い求め、結果として人間的な成長ができれば本当に幸せだ。  以上

部署紹介のリハーサルがありました。

今日は、明日来社されるお客様への
部署紹介のリハーサルがありました。
そのお客様は、アメリカから来ていただけるのです。

営業の方から、来客があるので部署紹介してください。
お客様はアメリカから来られます。
という話があった後どこからともなく
「アメリカから来られるなら英語で部署紹介しなくちゃねー」
という声があり、その場で英語で行う事にきまりました。

組立グループでも、誰にするか考えて、Yさんに打診してみました。
「英語なんて読めも書けもしません。」と断られてしまいました。
しかし、順番と、できそうな人という観点から
「Yさんしかいない」という結論になり、
再度お願いに行き、
なんとか受けていただきました。
原稿を作ってもらい、それを確認して(一部修正して)
営業のHさんに翻訳していただきました。
金曜日に、Hさんに付き合ってもらい
発音の仕方、イントネイションを教えてもらいました。
そして今日リハーサルを行いました。

今朝、誰がリハーサルを行うかを決めました。
私は英語が解らないので
英語の得意なMさんとNさんにお願いしました。
しかし、せっかく各部署の代表が英語で部署説明をするので
分からなくても聞いてみたいと想い、
一緒に聞かせてもらう事にしました。

各メンバー共、自信を持って、
堂々と英語で紹介してくれました。
よくここまで訳し、覚えたと関心しました。
明日は更に自信を持ち
大きな声で堂々と説明していただきたいと想います。
明日が楽しみです。
ガンバッテ!

生きるということ


早々と、皆さんが読後感想をアップされた中、割り込みます。
これは読後感想ではありませんが、・・・ 序章です。

父の一周忌を半月後に控えて、準備のために実家へ帰りました。
早いもので、もう1年が過ぎようとしています。
あの大震災を知らずに他界した父は今、きっと震災で亡くなられた人たちと
知り合いになって、酒盛りでもしているのかもしれません。
天国では、時の流れも、場所の遠い近いも無いでしょうから、
酒好きだった父は、東北中の地酒を端から味わっているに違いありません。

父親といっても、私が20歳の時に養子になりました。
元々、実母の生家であり、実母の姉夫婦の家ですが、子宝に恵まれず、
私が物心ついた頃から、養子になることが当たり前のような向きがありました。
自分ではそんなつもりは無かったのですが、足繁く行き来していました。

父は自営で、トラックの運転手をしていました。 牛乳の集配を主としていま
したが、自分でも乳牛を飼い、搾乳し、出荷していました。 幼い頃、遊びに
行き、飲ませてもらった搾りたての牛乳の濃厚な味を思い出します。
自営を始める前は、○○乳業へ勤めていたらしいのですが、その辺の話は
詳しく聞いたことがなく、またその前は酒造会社の杜氏をしていたという話
を聞いたことがあり、とにかく、自営以前は謎のままになってしまいました。

小柄で、比較的物静かな父でした。 お酒を飲むと少し饒舌になり、
時折、つたない言葉でしたが、『人生』 を語ってくれました。
“こういう生き方をしろ” ・・・とは言わず、“こういう生き方がいいだよなぁ” ・・・
と、自分にも言い聞かせるような話し方は、朴訥とした父の人柄と重なり、
妙に納得感がありました。

いろいろな仕事に就いて、いろいろな人と出会って、自分を磨いたのだと
思います。 傍から見れば、輝くような生き方ではないけれども、コツコツと
地道に自分の人生を刻んでいったのだと思います。
父が人生の成功者だったかどうかは分かりません。
少なくとも、社会的に認められる成功者ではなかったことは確かですが、
本人にとってそれは意味の無いことで、果たして 『幸せ』 だったかどうか・・・。

「自分は何のために生きているのか」
「自分は何のために働いているのか」
今までにも、何度か投げ掛けられた命題です。
自分の命が絶える時、『幸せ』 だった・・・ と言えるように生きてゆきたい。
そして働いてゆきたい。
そのためには、「何のために」 ・・・ そこを明確にしておく必要がありそうです。


..........................by 隣の住人

松下幸之助~夢を育てる~を読んで

この本は日経の“私の履歴書”の2度目に連載されたもので昭和25年
からの経済人としての歩みや考え方が記載されている。

 昭和26年、(私が生まれた年)世界的視野に立っての経営が必要との
思いから1ヶ月の訪米旅行へ。当初1ヶ月の予定であったが、得るものが
多く結果として3ヶ月となってしまった。米の繁栄振りを目のあたりに
して、奮い立つものがあり、“ぜひアメリカのようにしたい”と決心し、
帰国後、日本にもそのような姿を生み出そうではないか“と社員に呼び
かけた。ここでの体験がそれ以降の経営に大きく寄与したものと思われる。

帰国後、フィリップスとの提携を行うが、ここでの交渉術は目を見張る
ものがある。
技術を持ち込むフィリップスに対し技術指導料の支払いは已む無しだが、
新会社での経営の指導監督は松下が行うわけで、これには経営指導料を
もらいたい。これは当然の権利と主張した。相手方はこのような主張に
驚きながらも、一面では頼もしい会社と受け取りこの要求を受け入れた。
当時はまだ国力の乏しい日本の経営者が先進国の超大手企業に対し、
これだけの要求をし、結果としてそれを納得させてしまう経営者魂は
並外れていることがわかる。
一年がかりの交渉で、松下電子工業が誕生したのである。
当社もこの企業とは長年お付き合いをさせて頂いたが、現在は
パナソニックに買収され、そこの半導体事業部として引き継がれている。

昭和35年海外との競争で互角以上に戦っていく策の一つとして5年後
に週休2日制導入の提唱を行い、約束どおりこれを実現させた。
この間労働強化につながることへの懸念から組合の反対があったり、
実施を決定した年が不況のどん底であったりと苦難の連続であったが、
これらの困難を乗り越え導入に漕ぎ着けた。週休2日制の先進国である
アメリカ以上の合理的経営を生み出す決意を持って・・・。

上記以外にも沢山の改革を実行されているが、常に5年後、10年後を
見据え計画立案をし、その思いを現実としてしまう。解説でコメント
されている加護野さんの表現をお借りすると“大胆にして細心”だそうだ。
何かを決断したり対応するとき、その背景には常に細心の読みが隠さ
れている。そして対立するものをきちんと両立させている
・ 週休二日のときは温情的決断に対し、冷静な算盤
・ 顧客に対しては、大切にするが、迎合はしない
・ 従業員に対して
   大切にするが、甘やかさない
   人の気持ちは大切にするが、情には流されない
など。
我々は事に当たるとき、つい一方に注力してしまい、対立するもう一方
が甘くなったり、忘れがちになってしまう。対立が正しく両立されて
完成系をなすことを忘れてはならない。
我々の日々の業務の中で対応すべき重要な教えである。


だいぶ前の話だが、私が営業に配属になり、関西の松下電器さんに頻繁
に訪問し、多くの機械を購入いただいた。一般的に、このときは定価販売
も可能で関東、関西を問わずほとんど定価で購入いただくことができた。
しかし、ここだけは金額の大小に関わらず、常にネゴがあり、打ち合わせ
場所の近くには幸之助さんの額入り写真と“共存共栄”の色紙が掲示
されていたことを、今でも鮮明に記憶している。トップの思いが末端まで
行き届いていることを認識できる瞬間でもあった。
こちらとしては、この企業で少しでも高く買っていただくべく、
アイデアを絞っての営業展開をしたが、今思うと懐かしく、この企業との
やり取りはそれ以降の自分の成長にも役に立ったと思っている。



『経営学』(小倉 昌男著)を読んで

弊社が現在メインにお願いしている荷物便は、
宅急便の『ヤマト運輸』と『佐川急便』です。
いつも、迷惑を掛けたりしますが、
大変、助かっています。
今回、このヤマト運輸をここまで成長させた
元会長の経営についての考え方を綴った本を読みました。

余談ですが、『宅急便』いう言葉(文字)も実は商標登録されており、
『宅急便』の文字は、ヤマト運輸の物で
ライバルメーカーは簡単に使えない状況だそうです。


トラック業界、運輸省、デパート業界等の
偏った考え、障害を乗り越えて、
新たに、宅配事業を軌道に乗せて、
業界からは『成り立つ仕事では無い』と言われながら、
結果として、現在では、大幅な利益を生み出し、
一流企業を作り出してしまった。
この想像力と、実行力は素晴らしいと思います。

どのように成長させたのかは、
いろいろな要因が有ると思います。
その中で、
『サービスが先、利益は後』の考え方の徹底で有る。
宅急便の考え方は、出来たらいいなー。と、
この業界で積極的に導入が考えられていなかったのですが、
まさか本当に実施して
利益を出せるまでにはなると誰も考えていなかった。

そんな中で、まず行ったのが、
お客様の心を掴むまでは、
どんな事が有っても、サービス優先で行動した事でした。

また、『安全第一、営業第二』
「何を優先しなくてはいか」を、明確にしている。

私も、オフサイトの中で、
納期確保の為に、
『お客様との約束が有るのだから、
寝なくてもやり続けて間に合わせる事が正しい』と
発言したことが有ります。
その時の、周りのメンバーからの発言は、
『社員が死んだら取り返しのつかない事になり、
士気も低下する』
『出来ない理由を正直に伝えて謝る事も大切だ』
との意見も出ました。
私の心の中では、
やらなくてはいけない使命感が優先していて、
本当に大切な事が、
見えていなかったようにも思います。
出来る限りの、
最善の努力をして出来ない時には
『素直に謝る』事は、
これからやって行く事が大切と思います。
経営して行くには、その場の事だけでなく、
将来に渡って、
何が一番大切なのかを
判断して行く事が、
本当に必要です。

経営者にとって一番大切な事は、
『論理的に考える力を持っている事』で、
その積み重ねが経営に繋がるとの事。
色々な場面で、計画し、予測を立てる。
その予測が当たるか当たらないかが、
今までの経験の積み重ねでも有る。

これからの人生、いろいろな場面で、
判断し、決断し、
方向を決めなくてはならない場面が
数多く発生すると思います。

その時の為にも、いろいろな考え方、
方向性を学んで、自分の物にして行きたいと思います。

評価の為の機械

13日、金曜日のブログ書き込みでしたが、パソコンが作動せず
1日遅れのUPとなってしまいました。

昨日は、名古屋のラ○○精器様にお伺いいたしました。
この会社は、エンボステープやエンボスカバーテープ等を
販売している会社です。

そしてその商品を、当社のエンボス成型機(TBP-2)
エンボステーピング機(TET-16E)
剥離強度テスター(TET-HM)の3台を使って
品質チェックを行っています。

普通、これらの機械は生産に使われるのがほとんどですが
この会社では、ISO9001の品質チェックを行うのに
当社の商品群を使ってくれているのです。

話を伺ったところ、弊社のエンボステーピングのコテ受けの
構造が、他社と違った独立懸架方式だから、検証するには
とても良い条件だという。

当社でエンボスを始めた頃、精度出しに苦労したあげくに
考え出した方式をこのような形で褒めて頂け、また自分が
この会社に、こうして役に立っているという実感に
嬉しく思いました。

今日の出張目的は、これらの機械の校正と精度確認、動作確認
の為でした。
こういう経緯を伺うと、心がこもった作業になるのは
当然の事ですね。


<余談>
アナログ人間の二人(S組 M山さんと私)が朝、出発
しようとした時、車を正面玄関まで取りに行ったMさん
いつまで待っても戻ってきません・・・?

朝いつも以上に寒く、ウインドウが凍っていて解けるのを
待っているんだろう・・・としばらく待ってみたが・・・

そのうちに、彼だけが戻って来て
事もあろうに

「エンジンが掛かりません!」 「???」
車は、レンタカーで「プリウス」

私はすかさず「プリウスならエンジン掛けなくても
動くんじゃないの?」って行っては見たが
自分も初めてなので、どうやって掛けるのか「???」

こんな時でもマニュアルは読まないんですね。
読めば良いのに、と思いつつも試行錯誤

笑い話ではありません。
本人同士は真剣ですよ、出発時間は当に過ぎているし
「最後は、こんな車を借りた総務が恨めしく・・・」

ようやくエンジンも掛かり、遅れる事20分で出発
出来ました。






工場見学をして

昨日、EMS・JPの計らいで市内のN社を見学させていただいた。
この会社は粉末冶金製品や希土類ボンド磁石製品の製造販売をしており、
従業員が100人を超える焼結製品の専業メーカーだ。
今回の見学は当社からの4名を含め、計17名だ。

応接に入ると2012の言葉『感動の創造』
磨斧作針
(まふさくしん)と大きく書かれた書が目に入った。
社長が選んだ4文字熟語とのことであるが、世相を現すに適した熟語
で私も含め参加者の注目を浴びた。
  どんな難しいことでも忍耐強く努力すれば、必ず成功するという
 意味だそうだ。


社長より粉末冶金やボンド磁石ができるまでの詳細説明を受けた後、
早速工場の見学をさせていただいた。我々は日々油の匂いの中での
仕事をしているが、ここは接着剤の匂いが充満しており、少々辛い
ものを感じた。かなり広大な工場内はプレスや射出成型機が所狭し
と並んでおり、500種類の製品が可能な工場にふさわしい設備を
有している。
設備の割には現場作業員も少なく、コスト低減に努めるための
ロボットやPPUを有効に活用していた。


工場内のいたるところに“当社は5Sの徹底、観える化を推進して
います”との張り紙が多く見られた。
ここでの5Sは徹底しており、10数年前に見学させていただいた
旧工場とは雲泥の差で粉末を扱う工場とは思えない綺麗さ、床も
ピカピカで、スリッパでの工場内移動も違和感がなかった。
製品混入など品質に影響を及ぼす部品の落下のなどは一個たりとも
見ることはなかった。
勿論、挨拶も気持ちよく行ってくれた。
この5S活動のため外部講師の招請も行い現在に至っているが、従来
は外部依存であった床他の清掃は今や日々全員で毎日行い、そして、
週に一回は雑巾がけもおこない徹底した美化活動に勤めているとの
こと。
やはり工場が綺麗になるとこれが大きなPR材料の一つとなり、お客様
への来社要請を積極的に行っているとのこと。
我々も“見たら買いたくなる工場にしよう”との看板を上げ美化に勤
めているが・・・現状とてもここにはかなわない。


ここも当社と同様、日本国内での生産、当地駒ヶ根での生産に
こだわり続けたいとの念いで頑張っておられるが、
 ・納期を絶対守る
 ・徹底した品質管理
 ・難しい形状、超小型製品へのトライ
等を推進することで、世界に名だたる顧客との取引も順調に推移
しているようだ。
今後の課題については、コスト低減のための更なる生産性の向上、
差別化のための技術力の向上と言っておられた。


この駒ヶ根の地に元気印の製造業がいることに嬉しさを覚えた。

「ありがとう」

 最近、人間関係とはつくづく面白くも難しいものだなと感ずることが多い。本人達が意図しないちょっとしたきっかけで人間関係は良くなったり悪くなったりもする。今まで10いくつの職場を経験してきたが、人間関係の悪い職場をいくつか経験している。人間関係の良し悪しにあまり性別は関係はなく、それぞれ性格の組み合わせやその時の状況によるものと思うが、私の場合は女性職員同士の人間関係が壊れてしまった職場のケースが多かった。

 ある職場でのこと。女性職員が二派に分かれていることが、着任後すぐ分かった。特にそれぞれの派閥の中心となっている二人は、懇親会等の席でも絶対隣同士に座らないし、仕事の流れもどうもおかしい。そのまま放っておくわけには当然いかないので、二人を個別に呼んで徹底的に面接を行うことにした。それぞれ四時間も面接をしただろうか、とにかく今のような状況になってしまったきっかけがはっきりするまで、ずうっと昔へと記憶をさかのぼらさせた。結局分かったのは、二人が初めて机を並べて仕事をした頃の出来事がきっかけだった。片方がもう一方の仕事の忙しい様子を気遣って「手伝ってあげる」と申し出た際、同僚に迷惑をかけたくないと思ったもう一方が「だいじょうぶ」と何気なく辞退したとのことだ。そうしたことが二回あり、申し出た側は何となく壁のようなものを感じ始め、そのうちに朝の挨拶もできなくなってしまった。二人の心の中で重くのしかかっていた黒い雲の原因は、お互いのことを気遣いあった些細な出来事だったわけだ。原因が分かってすぐにすっきりと人間関係が元どおりになるほど世の中単純ではないのだが、それでも二人は人間関係修復の一つのきっかけを得たわけだ。

 昔から「人の善意は受けるものだ」と言う。親切の押し売りも困りものだが、人の善意に甘えてみるのも人間関係のひとつの潤滑油になるのかもしれない。素直な「ありがとう」が自分自身の心の中にも余裕を生み出しはしないだろうか。
                                                以 上

今朝のacbさんの言葉から

「念い」と言うものは眼で見ることはできません。
でも「念い」って伝わります。
「念い」は人の心を動かします。
「念い」って「心」のことだと思います。

「相手を思う心から発せられた言葉や行動には、人の心を変える力がある。
反対に、飾り立てられた美辞麗句は、理解できても心には刺さらない」
この言葉を見て「そうだよな」と思っていたところへ、今朝acbさんから支援職としての「理解と納得」の話しがありました。

「今の自分に何が肝心なのか分からず、そして肝心なことについて考えようとしていない。
支援職として何が肝心なのか理解しているだけで、納得にまで至っていないのではないのか」
納得していたら行動できる。
行動したら結果が見える。


私達は「支援職のあり方10ヶ条」を決めました。
まず一番に『「ありがとう」「咲顔」「協力」の連鎖を広げます』があります。
そのために「ありがとう」の事例を拾い出し、みんなに文字や言葉にして伝えていく活動をします。

一方的にこちらの言いたいことをぶつけたに過ぎない自分。
「ありがとう」の事例を書いただけの自分。
今日から自分の襟を正し、相手を思いやり相手の側に立って話を聞く自分に切り替えていきます。
 
今日も、自分を幸せにしてくれる「支援職のあり方10ヶ条」
ツイてる、感謝、ありがとうの気持ちを忘れずに、自分の価値を信じて咲顔で行動します!

新年早々

先週、毎年恒例の●社様の賀詞交歓会に
参加させて頂きました。

毎年、満員御礼で各社3人までと規制が入る程で、
今年も、大勢の方々が参加されました。

不透明な世界経済状況の中で、
情報を入手出来る場と位置付けされ、
会場はとても活気が有りまた。

私達にとっても、大切なお客様で、
昨年の状況と本年度の見通しについて
説明が有った後、
懇親会に入りました。

今回、自動組立機の関係の席で、
弊社のコンペチメーカーでも有る何社かの方と
名刺交換をさせて頂きました。

別のお客様との間でも、
引き合いに出されるメーカーで、
めったに会う事が出来ない人達と、
話が出来るというチャンスを頂けてラッキーでした。

たわいの無い挨拶・世間話だったかも知れませんが、
『こんな人たちが自分達のライバルなんだ』と
良い刺激を受けました。

これから、ますます厳しい受注環境が続きます。
天竜精機が勝ち残り、
お客様に継続的に信頼して頂けるように
今後も取り組んで行きたいと思います。

目的を明確にする事

現在、標準機を組立しているグループで
新しい機械の調整をしているのですが、
なかなかうまくいかず、日々苦戦しています。
この機械は、今後台数が増えてきそうで
標準機の新しい柱として取り組んでいこうと考え
完成目指してガンバッテいます。

この機械は、今まで天竜精機ではまったく経験がなく、
お客様が基礎実験を行い、その情報を基に、
設計、デザインレビューを行いスタートしました。
しかし、目的の精度、機能が発揮できず
精度を出す為にどうしたらいいか、
その機能を発揮する為にどういう機構がいいのか
試行錯誤の繰り返しになっていました。
現場担当者から今の状況を設計者に伝え
どうしたらいいかを話合いながら進めてきました。

数名で組立、調整をやっていたのですが
この機械ってどんな仕事をするのか、
どんな機能が必要なのか、
なぜそうする必要があるのか、
等、あまり理解していない部分があり
「これやってみて」と言われれば
その通りにやって、だめだったら、報告して
という具合で、目的が解らないので
自分で考えて、工夫して、アイディアを出す
という事が少なかったのです。
新しい事をやる時は、目的、最低限守る事
チャレンジしていい事、を明確にして進めないと
いい結果が付いてきません。
目的がわかる事で、どうしたらいいか
というアイディアが出てくるのです。

これからは、目的を明確にし、アイディアを出し、
仮説を立て、検証し、それを機械に反映していきたいと思います。




2012年 1週間目


2012年がスタートして1週間が過ぎました。
2週間、3週間、・・・1ヶ月・・・3ヶ月・・・半年、・・・そして1年。
時が過ぎるのは早いものです。
油断していると、アッという間に過ぎてゆきます。
 そぉんなこたぁないじゃろぉ~。 “アッ” じゃぁ過ぎちゃいかんぞぉ~。
とは、どこかの漫才のネタでしたが・・・。

仕事始めの1月5日、箱入りの荷物が届きました。
“何だろう?” と、送付状を見た瞬間、
“おぉ、来たかぁ~!” と心の中で叫びました。
この 『叫び』 の意味合いについては、後日綴ることにしますが・・・。
2012年元旦に、Webで発注した書籍5冊でした。

     課題図書


いつもなら、1冊か2冊なので、クッション袋に入って送られて来るのですが、
さすがに5冊ともなれば、袋詰めというわけにもいかなかったのでしょうか、
5冊の書籍分よりも、ふた回りほども大きな箱入りで送られて来たのです。

それと、これまでは自宅へ配達してもらっていたのですが、
何度か、不在のため再配達になったことがありました。
先月注文した時には、配達時間と在宅のタイミングが合わず、
3回目の配達でようやく家内が受け取ったという始末です。
“会社へ届けてもらえばぁ?” という家内の薦めで、会社へ配達してもらう
ことにしました。
これで、もう安心です。

ところで、何故、5冊も同時に?
 ・・・それは、課題図書に挙げられたからです。
同時に読めるはずも無いのに?
 ・・・それは、注文する手間を省いただけです。
そして、今年目標に掲げた 『人間力アップ』 への意気込みでもあります。
これまで、あまり本を読むことがなかった。
読んだとしても、小説や趣味・娯楽系の本だった。
「生き方」・・・? なんともいえない哲学的な響きが心を擽ります。
今まで、落ち着いて本など読む気になれなかった・・・というのは極端ですが、
とにかく、この手の本は読もうとしなかったのです。
成功した人物の後を追いかけて、その通りにできることはありませんが、
近付くことはできるでしょう。
今年は、何もなかったところからのスタートです。
0+1=1、 1+1=2、 ・・・小さな累積を続けます。


..........................by 隣の住人

逆の発想

年末のご挨拶で富山のお客様に
お伺いしました。

丁度、以前納入した機械の改造工事が
有りましたので、折角だからと便乗して
一年の挨拶に出かけました。

S部長様とお会いし、現状の情況をお聞き
した後、天竜が今行っているプロジェクトの
話をさせて頂きました。

無論、3to1の話題です。
今後徐々に近づけていく事を、お話しすると。

想像もしなかった言葉が返って来たのです。
その部長様は、「もしそれが出来るのであれば
私は逆に使いたいですね。」

発注は通常今まで通りの日に、出します。
機械は1ヵ月後に入れて頂き、
後の2ヶ月は社内で試運転したいです。

もう理由はお解かりでしょう。
自動機というのは、どんなに立ち上がりが
良いといっても、納入後はどうしても
不安定な時期があります。

この不安定な時期に生産が入ってしまうと
生産技術はとても悲惨な目に合うのです。
数を出す為、徹夜の連続だったり
休日の返上だったりする訳です。

私達(私)は、3to1を考えた時
(最初は1.5ヶ月でしたが・・・)
こういう事は考えてもみませんでした。

お客様の右腕企業になるには
この事を肝に銘じておく必要があります。

これを、教えて頂いた「S部長様」に
改めて、感謝したいと思います。
「ありがとうございました。」
プロフィール

あすなろ

Author:あすなろ
自動機・省力化機械の開発・設計・製造組立の天竜精機

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