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読書感想

昨年還暦を向かえたこともあり、
 何のために生きているのか?
 何のために働いているのか?
  について今まで以上に関心を抱くようになった。

先日ある新聞のコラムで以下のような記事を見つけた。
“ひとりで死んでも孤独じゃない”
米国の話だが社員48人、社員の半数以上が65歳以上、
平均年齢74歳という医療器具を製造する高収益且つ成長企業。
そこの最高齢者は99歳の女性だ。
完成前の製品検査を担当している。
夫や友達の大半もすでに他界してしまった。
ここでは、
同じ高齢者に会え、考え、感じ、話が出来る。
これがモチベーションの向上に繋がっている。
この年齢であっても仕事を通じ社会に貢献できる自負や
自分が必要とされている喜びを味わっている。
一生仕事をし、そこで終焉を迎える。こんな形でピリオドを打つのも
一つの理想の姿かと考えさせられる記事であった。

“人を動かす”
これからの時代、命令では人は動かない。自発的に動きたくなる、
人が自分のために喜んで動いてくれる力が必要である。
そのためには人間的魅力を高め、人が動きたくなるような自分に
なることが必要である。

常に人を幸せにしよう、大切にしようと考え行動することが
原動力であり、この重要性を最初から最後まで説いている。
ほめる、助けるなど当たり前のことだが出来きれていなのが
現状である。
特に今の時代の人が一番求めているのは自己重要感
(認められたい)である。
本文内にもあったが、なぜか自分の重要感は満たしたがるのに、
人の重要感への配慮は欠如してしまう。自分も留意しているつもり
だが、配慮不足と思われる節があり、今までの態度を猛省すべき
と考える。


どれだけ徳を積んで人間力を磨いたか、人が喜んでくれるのが
自分の楽しみと思える機会がどれだけ増やせたか、どれだけの人を
大切にしてきたかなどがその人の人生の価値に繋がるといわれる。
ここは何のために生きるか?にも直結し、自分にとって日々の生活
の中で大切にすべきこととして認識したい。
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サプライズ

ここのところ、週末になると
  ♪雨・雨・降れ降れ・・・って

空の住人としては、ニワトリ状態です。
 “飛べない鳥” な~んてね

ところで、こんな写真が出てきました。

記念写真

韓国の方が4人写っていますが、さて?

この写真は、韓国のある企業から実習として
数ヶ月間、天竜で勉強されたお二人が
(前列、両脇の男性)
帰国される日に、写したものです。

真ん中の女性は、韓国の方ではありません。
当時、組立Gで組立、調整を担当していた
長谷川さんという女性です。

専用機で最初の女性組立調整者でした。

彼女の着ている民族衣装のチマチョゴリは
20年ほど前に、社員旅行で韓国へ行った時、
どうしてもほしくて、私が買ってきたものです。

彼女と相談をし、サプライズでこの衣装を着け
彼らを見送った訳ですが

これが、彼らに、とても喜んでもらえました。

また、この写真にあと二人の韓国の方が
写っていますが、この方々は天竜コーリアを
設立すべく、社員として来日し数年間
一緒に仕事をした、当時の仲間です。

この彼らが 「私達も、帰るときにお願いします。」

と言っていたのが今でも脳裏に焼き付いています。
しかし彼らが帰るとき、そうしたかどうかは、
定かではありません。

思わぬ写真が出て来たので、他愛も無い事を
書かさせて頂きましたが
無心になって喜んでもらえるというのは
何物にも替えがたいと感じる、一瞬ですね。

廃工場

ほんの一時期だけだが、企業再建の仕事をしていたことがある。企業再建とは、文字通り業績が悪化してこのままいくと破綻してしまう企業を立て直すということなのだが、ストレスの多い仕事だ。どうしても入り口は経費を節減するところから入っていくので、まずは給与・賞与のカットだとか、余剰人員の削減ということになり、従業員の皆さんのモチベーションが下がったり優秀な人材が離職してしまい、一番大切な売り上げの回復に至らないまま負のスパイラルに陥ってしまうケースも多い。

 企業再建で比較的楽なケースは、本業は黒字で順調に業績を伸ばしているにも関わらず、財テクに失敗したとかどこかの製紙会社のように不正に資金を使い込んだといったようなケースだ。債権者の協力も得つつ、特別損失で膿を出し切り、ガバナンス態勢をしっかり立て直せば一応終了だ。ところが、本業が時代の変化について行けず、長年にわたり業績がじり貧になってきているのを放置してきたケースは難しい。当然のことながら、遊休資産の売却や経費の節減などは当座の時間稼ぎに過ぎず、本業をどう立て直すかで頭を悩ますことになる。資金繰りがつきるまでの時間のない中での策となると支援企業を見つけてきて企業売却などの外科手術となるケースが多い。この場合、買収された企業は最後には跡形もなくなってしまうようなことが大半だ。

 リーマンショック後、金融円滑化法により国内の少なくない企業が金融機関からの資金繰り協力により、生きながらえている。ただ、世の中は欧州債務問題の行方などを横目で見つつもこうした臨時態勢から平時の状況への移行が模索されている。当社の取引先についても異常なシグナルが出ていないか常に注意を払っておくことが必要だ。以前、ある光学メーカーの台北工場を処分するために廃工場となった現地へ出張したことがある。薄暗い建屋の中に乱雑に放置された製造ラインの残骸や大勢の従業員が詰め掛けたであろう食堂の跡は、なぜかぞっとするような美しさを伴って私の記憶に残っている。以上

本からの学び

本を読むということは、出会うことのできない人との出会いを実現するものと聞いたことがあります。
今回は「斉藤一人さん」の教えが書かれた本でした。
出会えないから本だけでも・・・会えないって決めることがダメと注意を受けてしまいそうですが。

今回の出会いでもいろんなことを学びました。
まずは、みんな同じことで悩んでいるということ。
でも「悩んでいても良いんだよ!みんなそうだから」そんな言葉を投げかけられました。
これは前回のオフサイトで「そんなあなたで良い」と自己を認められた感覚に近いものです。

自分にはみんなと同じ約140億の脳細胞と一日24時間を与えられています。
これを有効に活用するかどうかは自分が決めて行動しています。
この場でグルグル回っているのも自分が決めたこと。
成功していくのも自分が決めた結果。
成功ってなんだろう?
金持ちになること、有名になること、それは人の価値観なので様々あると思います。

自分は?
私はやっぱり「ひとを喜ばせることのできるような、でっかい人になりたい」
他人の業績を素直に喜べる、他人の成長を自分のことのように喜べる器量の大きさ。
憧れます。



まずは目の前にいる人を咲顔にするところをコツコツ実行していきます。
「そんな自分で良いんだよ!」って声をかけてもらった本でした。


わき愛あい雑談会の実施

3月22日(木)に営業技術部の
『わき愛あい雑談会』を実施しました。
社内で部署単位でオフサイトを実施したのは、
初めてのケースでした。

その為、旨く行くか心配しておりましたが、
●沢さん、◎上さんの事前準備により、
営業のメンバーの気分もしっかり和んで、
良い会が出来ました。

IMG_2483.jpg


目的は、『普段は言えないけど、声に出して言ったり、
考えたりする事で、みんなで共有しよう!』
でした。

何年も一緒に仕事をしていましたが、
知らなかった事も聞けて、良かったと思います。

今回のゴールイメージは、
『仕事のもモヤモヤを共有して、1つでもスッキリ感を得ることが出来たか』でした。

時間の都合で、
全員の話が聞けないくらい活発な意見が出て、
私としたら、良いオフサイトが出来たと思います。

次回、4月6日(金)に
2回目の実施の計画を立て始めています。

営業のみんなが、
モヤモヤを解消できるように取り組んで行きたいと思います。
そして、
次には、他の部署共オフサイトが出来るように、
進めて行きたいと思います。

「斉藤一人の人を動かす」を読んで

若い頃から仕事上の必要性もあって実務書はそれなりに読んできたが、40歳になる頃から急に歴史書が読みたくなった。戦国武将に関するものや上杉鷹山のような江戸時代の為政者に関するものも読んだが、一番読んだのは中国史上の為政者に関するものが一番多かったと思う。こうした歴史上の人物について書かれたものは、いかにその人物が偉大であるかを広く知らしめる目的を含んでいるため真実がどこまでなのか留意しておく必要性はあるものの、その大きなテーマがその人物の徳の力であるとか器量の大きさを示すことにあることは間違いない。

 私は30歳台半ば頃から一つの部署を任されるようになり、リーダーとしての自分のあり方についていろいろな場面でこれで良かったのかと思い悩むことも多くなった。そのような中でこうした歴史書に出会い、そこに描かれる偉人の逸話を通じて、自らの行いのあるべき姿を学んだ気がする。偉大なリーダーは、徳の力やその器量の大きさをもって周囲の人間の自己重要感を満たし、人を動かすことで大きな仕事を成し遂げている。遥かにレベルは違うものの、自分の発言や行動はリーダーにふさわしい行動だったのか、ふと仕事を離れた瞬間に頭に思い浮かんで考えるのは昔も今も同じだ。こうしたことは、きっとこれからも変わらないだろう。目指すべき姿にほんの少しでも近づけるかどうかは最後は自分の器量次第だろうが、それを少しでも広げる努力はしたい。本書を読んで、改めてそうしたことを確認することができ、また、歴史書を読み始めた当時の想いを感じなおすことができた。以上

春はそこまで


土曜日に、技術部:Kさんの結婚披露宴がありました。
春の訪れを告げるかのように、とても素敵な披露宴でした。

ロビーも宴会場も広く、ゆったりとして心地良い雰囲気を醸し出していました。
受付を済ませると、すぐに披露宴会場の中に案内され、
飲み物と、簡単な前菜が用意され、緊張を解きほぐしてくれたのです。
披露宴が始まる前に飲食するなんて初めてでした。

さて、新郎新婦の入場。
     入場直後は緊張気味
     ※緊張気味ではあるけど、幸せそうです。

そして、ここでも初めての趣向が・・・。
まずは新郎新婦の紹介に始まり、来賓の挨拶・・・というのが通例ですが、
新郎のKさんが、新婦へのメッセージを・・・。
披露宴に集まった皆の前で誓いの言葉を、といったところでしょうか。
ちょっと、ジーンときたりして。

来賓の挨拶も、新郎側の来賓代表、Aさんの挨拶だけで、
インタビュー付きもまた珍しかったのでは?
そして、乾杯!

ということで、ちょっと変わった流れだなぁと思ったのですが、
新鮮で、ほのぼのとした演出でした。
きっとこれは、QCで鍛えたKさんの拘りだったかもしれません。

     お幸せに
     ※キャンドルに幸せを灯します。

Kさん、
今日の気持ちを忘れないでいて欲しい。
そして、いつまでも新婦のことを、大事に思い遣っていて欲しい。
・・・そう思うのですが、
自分でできなかったことを強制はできません。
自分を振り返り、
忘れてしまうほど遠い過去に思えるのは寂しい限りです。


..........................by 隣の住人

~地元からのお客様~

昨日は地元 東伊那の女性学級の皆さんが会社見学に
こられました。
東伊那公民館長の先導で6名の女性のみなさんの来社です。
年齢をお聞きすると大半が後期高齢者とのことですから75歳
以上ですね。
みなさんの顔の色艶を見るととてもそんな年齢とは思えませんが・・・。

今回の目的は、活動計画に沿った“地元企業の見学し、見聞を広めよう”
の第2回目で、昨年の日本シャフトさん続いての見学だそうです。

最初は会社概要について○脇さんが説明をしましたが、
みなさんの表情は熱心そのものでした。

IMG_2487.jpg


続いて部署説明を行いました。
総務は○島さんの担当で、咲顔についての説明がありましたが、
ご来社のみなさんにも“うみ~”の練習をやっていただきました。
 この笑いでお互いの距離感が、一気に狭まりました
・・・さすが○島さん!

IMG_2493.jpg


各部署では、来客の理解度に配慮し、仕事の流れなどをわかりやすく
そして丁寧な説明をしてくれました。
説明をしていただいた皆さん、お疲れ様でした。
そしてありがとうございました。

工場見学をしての感想をお聞きしたところ、
・ 普段見ることの出来ない工場内を見学したが、設備の多さ、
そして高度ですごい製品を造っていることに驚きを覚えた。
・ 明るく元気で活気ある会社ですね。
・ 説明も分りやすく聞き取りやすかった。
    など嬉しいコメントを沢山いただくことが出来ました。

地元におられるご高齢の女性学級の皆さんの貪欲なまでの向学心、
行動力に驚かされます。
階段の上り下りや移動も心配をしましたが、予想以上に軽やかな足取り
で女性パワーを見せ付けられました。

このようなふれあい、交流が地元の方々との絆を深める好機と
痛感した瞬間でもありました。
口コミを通し、更に羨ましがられる会社として紹介されるといいですね。

一通の手紙

きょうは、一通の手紙を紹介したいと思います。

いつもながら、まったく個人的な内容で
当ブログを楽しみにお読みくださっている皆様には
誠に、恐縮する次第です。

この手紙は、私と私の妻に宛てた手紙ですが
その全文は写真で拡大してご覧になって頂ければ
幸いです。

手紙2

東京浅草に本拠を構え、北は北海道から南は九州まで
日本全国で活動する日本舞踊連盟に所属し
今まで、公認指導員、公認講師、と資格を取り

本人は乗り気のなかった、準師範の資格に
「挑戦してみたら」と背中を押した事で
今回、東京まで其の試験を受けに・・・

その結果を、現在所属している
北原社中の会主が労って書いてくれた手紙です。

また、五月に東京の日比谷公会堂で
承認の発表会が模様されますが
此れには全国から連盟の方達が集まるのです。
今年は公会堂が改築中なので
芝にあるホテルで行うとか・・・

通常は、CDで音楽を流し踊るわけですが
今回連盟から歌手のバックを踊ってほしいという
嬉しい反面また、大変な事になりそうです・・・

と、余談はさて置き
今回、この手紙を紹介したのは
苦労が報われた喜びもありますが

私がもっと心を打たれたのは、
この北原会主の気の配りと、心遣いが
とても素晴らしい自筆の筆書きだったからです。

こういう気配りを、こういう文書で頂くと
一生大切にしたいって思ってしまいます。

周りに対し、こういう暖かい気配りの出来る人に
なりたいですね・・・

アフリカの空2

ナイジェリア石油省等当日予定先の訪問を終えた私は、明日は出国という日の夕刻、ラゴスの海岸端にある露店街に出かけてみた。露店街といってもスラム街に毛の生えたようなものだ。そこで私は、ナイジェリアで唯一のお土産であるヤシの皮製のコースターを約150円で買った。夕刻のギニア湾は、茶色に濁った海に大きな夕日が沈みかかっていた。

 航空路の表示のある地図を見ると気づくと思うのだが、アフリカの主要航空路は欧州各都市から放射線状に伸びていて、アフリカ大陸内での航空路はそれに比べるとローカルなものだ。今でも植民地時代の旧宗主国との経済的つながりがそれだけ強いということを示しているのだが、出張の時はやっかいだ。隣の国に移動する際も一旦ロンドンとかパリに戻ってから再度10時間程度かけて移動ということになる。「どうもあんまり効率的でないな。西山、お前たまにはアフリカのローカル路線に乗って見ろ。」ということで、ナイジェリアから象牙海岸へはエアアフリカという聞いたことのない航空会社で移動することになっていた。私も短時間で着くし、話の種に乗ってみるか程度で安請け合いしたのだが、本当に後悔した。

 出発便は最終便なので翌日の3時頃伊藤忠商事さんに空港へ送って来てもらったのだが、肝心のエアアフリカ最終便はキャンセルされていた。乗客があまりに少ないので、飛ばすのをやめてしまったらしい。冷や汗をたらーっと流していると、伊藤忠商事さんは慣れたもので、私からいくばくかの金を受け取ると、隣のカメルーン航空最終便に押し込んでくれた。要するに担当者に賄賂をかましてダブルブッキングしてくれたわけだ。伊藤忠商事さんから「ここからはこうやってこうやって切り抜けていくんだよ。頑張ってね。さよなら。」と背中を押されていよいよパスポートコントロールに入ったが、次の税関でさっそく引っかかった。荷物を全部空けろときた。「これはなんだ?あれはなんだ?」と小1時間経っても通してくれない。搭乗時間が近づいて、焦ってきた。「コノヤロー!」と思いつつ、ヒースロー空港で用意しておいた乾電池を取り出して「オー忘れていたよ。君へのお土産だ。」とくれてやるとすぐ通関できた。腕時計も1000円の安物にしておいたのだが、ここまではとられずに済んでラッキーだ。ついでに持ち出し禁止の現地通貨ナイラ紙幣も数枚くれてやった。現地庶民は財布を持たず、サンダルの中を財布代わりにしているとのことで、紙幣は足の垢でベタベタだ。

 やっと搭乗口にたどりつくと、象牙海岸のアビジャン行きの乗客で大混雑だ。皆、買出しのおばちゃん達らしい。列に並んでいると、ある大荷物をもったおばちゃんに「一つ機内まで持っていってくれない?」と頼まれ、「いいよ。」と軽く引き受けた。ようやくゲートが開いた。今までの列がいきなり無くなリ、皆が一斉にゲートに向かって突進し始めた。私は一瞬で状況を悟った。皆、ダブルブッキングがあることを知っているんだ。誰かが乗れなくなる。カーッと頭に血が昇ってきた。こんな危険な空港で一夜を明かすことになったら、生きて帰れないと思った。押し合いへしあいの中で伊藤忠商事さんに言われたことを思い出した。真っ赤な日本のパスポートを大きく掲げて、「俺は日本人ダー」と叫んだ。職員がすぐ見つけてくれて、「こっちへ来い」と手招きしてくれた。やっぱりパスポートは赤に限る。世界中で赤いパスポートは殆どないため、日本人だとすぐ分かってくれるのだ。日本のパスポートも今では、有効期限の短いものに青色があるが、私は絶対赤色しか申請しない。ただ、「この荷物は何だ!置いていけ!」と言われ、一瞬おばちゃんの顔が浮かんだが、自分の命の方が大事だった。後でおばちゃんにこってり怒られてしまった。

 やっとの思いでシートベルトの切れた座席に着くと、どっと疲れが出た。これで生きて出国できると思った。入り口では、どこかのおばちゃん達が「私も乗せろ」とひと悶着していた。「おばちゃん、ごめんね」とは全然思わなかった。本当に人間、究極の状況では自分本位なものだと今では反省している。ラゴスの淋しげな夜景にサヨナラを言って安堵感とともに眠りに落ちた。(続く)
 

あんたならできる

苦しいときってあります。
他人には些細なことに見えても自分にとって苦しい。
そんなことってありませんか?
そんなとき腐っていってしまうこともあるし、成長に変わっていることもあります。

今朝の自分はモチベーションがダウン状態。
原因は不明。
何やらモヤモヤしていて新聞記事を読んでも、負の記事に目が行く。
そして「自分って役に立っているのだろうか?」
ぼそっと一言。

それを聞きつけた母が言った一言が「大丈夫、お前ならできるさ」
詳しい内容は知らなくても、お前を信じてるよ。こんな意味を持った言葉をもらって、底にいた自分が少し浮上。

会社に来て仲間と話をしていると、ちょっと普段と違う自分に対して
「おっどうした?」とか「いけるいける」みんなから聞く言葉のひとつひとつが優しく包んでくれていました。
仲間って良いですよね。
こんな仲間に囲まれている自分に幸せを感じました。

今日の私は、みんなに支援してもらえた一日でした。

みんな「ありがとう」




『人を動かす』を読んで

人は誰でも、尊敬している人や、
この人の言う事だったら信頼出来るとか、
付いていけると信じている人が、
一人や、二人思い浮かぶ人も、
居るのではないでしょうか。

何を基準にその思いになるのかは、
本人次第だと思いますが、
私自身に、そのように尊敬が出来る人がいるかと問われると、
回答に困ってしまうかも知れません。

実在する人物、近くに居る上司、先輩、先生、親、・・・・・・・。
自分の心を動かされた人に、
そう言った感情を抱くのだと私は思っています。
1つの分野では、本当に尊敬出来ても、
他の事となると、からっきし駄目だったりもします。

全ての面で、『この人なら』と思える人がいる人こそ、
幸せなのかも知れません。

与える方では伝える事をしっかり信念を持って
伝えて行くことがポイントになると感じています。

今回読んだ、『永松 茂久著:斉藤一人の人を動かす』は、
永松さんが「斉藤一人」と言う、
尊敬してやまない人物を得たからこそ感じた思いが、
込められて書かれています。
永松さんにとって、
斉藤一人さんとの出会いは、
それ程、衝撃的だったのだと思い、
うらやましくも思えました。

一人さんの教えの中で、
『器(うつわ)の大きい人間になれ』
と言う言葉が有りました。
この所は、自分が今回学んだ所です。

人間誰しも、自分の考えに近い人や、
自分より力の無い人と仕事をする方が、
やり易くて、思い通りになって気分は良いかもしれない。
ここが一人さんの教え方の違いで、
器の大きい人は、
「自分より出来る人と、
仕事をする事で、自分の成長にも役立つ」
事を伝えている。

私としたら、『これは有りかな!』と受け取りました。
自分では、限界のも有ります。
優秀な人と組む事で、自分に無い物を吸収出来ますし、
人を育てる事にも、役立ってくると思います。

その為にも、
まず、『人を動かす為には、
まず自分を動かす』
事を基本に
考えて生きたいと思います。

自分が動いて、
その姿を見たほかの人が、自分も動こうと
感じて貰える行動を日々、
実行して行きたいと思います。

幸せモルモン オキシトシン

先週の土曜日に親戚の法事に行ってきました。
お教も終わり、最後に和尚様からお話があったのですが
とても共感できる話をしていただきました。

人間は、脳からいろいろな、信号が出されて
その信号で、気分が変わるそうです。
格闘技などで闘争心が高まり気分が高揚すると
アドレナリンが分泌され、痛みなどあまり感じなくなる事もあります。

お母さんが、乳幼児に母乳を与える時に、幸福感を感じるそうです。
その時にオキシトシンが分泌され、幸せを感じるんだそうです。
これは女性特有のホルモンだといわれてきたそうですが、
実は、男性もオキシトシンが分泌される事があるそうです。
それは、誰かに何かいい事をしている時に分泌され
幸福感を感じる事ができるのだそうです。
たとえば、電車に乗っていて、お年寄りに席を譲った時に
「いいことをしたなー」と思うと心がなごみ、
オキシトシンが分泌され、幸福感を感じる事ができるのです。

これとは別に、自分に何かする事で幸せを感じる事もあるそうです。
一日働いて、今日はよく頑張ったからという想いで、
生ビールを飲む。「あー、うまい」と幸せを感じる。
この時はオキシトシンとは別のホルモンがでているようです。
パチンコで勝って、うきうきしている時、
大きな魚が連れた時などがそうです。

話を戻して、幸せは連鎖反応をするそうです。
朝、車で出勤する時に、横から車が出てきたら、
車間を開けて入れてやる。いいことしたなーと幸福感になれる。
入れてもらった人は、「ありがたい」と感じ、また誰かに道を譲る事ができる。
こうして、幸せの連鎖が広がっていく。

これとは逆に、朝のコンビニ等で、買い物をすると、
店員は夜ずっと働いているので疲れていて、
無愛想になり、お釣りも投げるようにわたす。
いらっしゃいませもない。
客は態度が悪いと苛立ち、周りにあたる。
気分がわるいので、自分の前には車を入れない。
入ろうとする人は、「止まってくれてもいいじゃないか」と思い
自分もはいらせない。悪い連鎖の循環にはまってしまう。

よい事をする事で、幸せの連鎖が始まり周りに幸せが広がっていく。
常に相手の為に、何かしたい
と思い実行する事で自分が幸せになり、
周りが幸せになっていく。

小さい事でもいいので、人の為になる事を続けながら
幸せを日々感じていたい。

地域参画


先日、技術部の朝礼で、Mさんが、
「この3月で、ようやく自治会の会計という役目を終え、ホッとしています。」
という話をされました。
途中、出納確認で苦労もあったようですが、1年間、地域の台所を受け持ち、
無事やり遂げた、という達成感が感じられたようです。
私も、年回りでそろそろ地域の役を仰せつかる日も近いかな・・・
そんな話もしていました。

が・・・。

今日、夕方、総代さんが 「ちょっと相談が・・・」 と申し訳なさそうな顔で
訪ねて来ました。

  【一口メモ】
  飯島町は4つの 『区』 に分かれていますが、『区』 の中の自治会単位を
  『耕地』 と呼んでいます。
  その内の飯島上の原耕地というのが私の住んでいる地域です。
  上の原耕地の戸数はおよそ100戸近くあります。
  耕地の代表となるのが総代であり、副総代、会計が中心となる三役です。


2月末に耕地役員の改選が行われ、すべての役が決まりました。
耕地の三役は、比較的年配者が順番に選ばれていたのですが、よくよく話を
聞いてみると、どうも私たちの年代から上には 「空き」 があるようです。
「耕地三役は2年交代・・・」 というような、暗黙の了解があるのですが、
今年の顔ぶれからすると・・・ちょっとした不安が脳裏をかすめたのです。

総代さんが訪ねて来たので、「まさか・・」 と思ったのですが。
実は、来年度の会計役に選ばれた方が、末期ガンだと診断され、余命1年と
宣告されたのだそうです。
本人は、「最期に耕地のために・・・」 という想いもあったということですが、
家族からすれば、治療に専念するよう思い留まらせるのも無理はありません。

さて、そうなると年齢順で誰が補うかと。
「え~? もうそんな年代なんですか?」 と、意味の無い抵抗をしてもしかた
がありません。
現在の総代さんは、同じ隣組で、近いおつきあいですが、勤務先はかなり
ハードなNDさんです。 海外出張も頻繁、寝たきりの母親の面倒を見ながら
の大役は、周りから見ても、かなり大変なことが分かります。
そんな総代さんから頼まれては、いやと言えません。
とりあえず候補の一人として受けることにしました。

今まで、地域の行事には、なかなか参加できませんでした。
「仕事が・・・」 と言っては逃げていたような気がします。
地域の活動に参加することは、企業人としても必要な事。
社会に貢献するということは、自分が属する場所、会社や地域もそうだし、
そういうところで自分の力を尽くすことではないか、と思うのです。
微力であっても、何か役に立てることがあるはずですよね。

前向きに考えて、会社の仕事も、地域での仕事も全力で取り組みたいと
思います。

..........................by 隣の住人

講演 ~夢を叶えるために~

今日は彼岸の入りですね。
我が家も今年は初彼岸で、悪天候の中、家族全員で亡くなった母
の墓参りに行ってきました。


本題に入ります。
この写真に写っている女性が誰だか分りますか?

IMG_2470.jpg

そうです。新谷志保美さんです。
宮田村出身でオリンピックにも出場したスピードスケートの選手です。

最近、この方の講演会を聞く機会に恵まれました。

小学校2年より始めたスケート、中・高校、大学とメキメキと
腕を上げ国内はもとより海外でも注目される存在に・・・。
県内企業、竹村製作所に入社以降はワールドカップで優勝、
世界スプリントで3位など輝かしい成果を挙げ、日本のトップ
スケーターに・・・。

これだけの実績を残しながら、この間に行われた4年に一度の
オリンピック(長野、ソルトレーク、トリノ)では都度、出場を逃し
てしまった。
4年というサイクルの中でモチベーションを保ちながら
最高の結果を出すことの大変さを痛感。
スケートを始めた頃より“オリンピック出場を夢”としてきたが、
30歳を迎え年齢的に限度、ラストチャンスであるバンクーバー
大会に向け、背水の陣て臨んだところ念願の出場を果たすことが出来た。
結果は14位と振るわなかったが、アスリートにとっては最高のステージ
であるオリンピックに出場が出来、この順位を持って選手生活に区切り
がつけられた。

最後のチャンスに向けて行ったことは以下とのことです。
・ 目標を声に出す
・ 目標を紙に書いて張り出す
・ 常に成功のイメージを持って行動する
(絶対に出来ると信じ込む)
・ まわりへの感謝を口にする

参考としたいですね。

直接本人を目の前にしたのは初めてだが、
身長156cm、体重50k代と全く一般的な女性であり、
この体格で男性顔負けの大柄な外人選手との競争に打ち勝って
きたことが信じがたかった。
本人のスピーチにもあったが、4年周期での大会に向けて
コンディションを整え、それも最高の状態を作り上げることの
大変さ、難しさ・・・それは特別のものがあろう。
3回のチャンスを逃し、それもやや下り坂に差し掛かっての再挑戦、
そして夢の舞台をGET、素晴らしいの一言に尽きる。

最近結婚をされたとのことであるが、
穏やかな表情の中にもオリンピック出場までの苦悩が赤裸々に
語られ、聞く人の心を打つ1時間半であった。

Good タイミング?

嬉しかった事
楽しかった事
やり甲斐を感じた事

毎朝の朝礼時、当番になった担当者が
上の3つの何れかに該当した話をしています。

今朝は、私の当番でした。
そこで、こんな話をしたのです・・・が

営業では、注文が決定になると
「納入仕様書」という、30頁くらいの
書類を作成し、プリントアウトして
その後、I上さんがそれに表紙を付け製本し
お客様に二部提出するという、仕組みになっています。

ところが、先週いつものように
社内用含め三部の仕様書をI上さんに依頼し
途中、何気なく彼女の作業を見ると
1ページ、1ページ間違いが無いか
順番通りになっているか確認をしていたのです。

私は、これを見て
「ここまでやっていてくれているんだ。」
という気持ちと、これなら
「安心して任せられる」
と、改めて感じました。

今朝、その感謝の気持ちを皆に話しました。
残念ながら、当の本人は今日はお休みだったので
聞いてもらえませんでしたので
きっと、このブログを読んで知ると思います。

ところがハプニングは、ここからです。
この話を、「え? どうしよう・・・」と
頭を悩ませながら聞いていた二人のメンバーが
居たのです。

そのメンバーは、製本を頼んだk番さんと
製本を頼まれた、Hさんでした。

それもその筈、今日中に全14部の
「納入仕様書」を発送しなくては
ならなかったのです。

仕様書

14部と言えば、大変な作業です。
多分、二人は「今日、言わなくても・・・」
って、思って聞いていたに違いありません。

でもさすがです。
彼女は、朝礼で聞いた通りに確認し
間に合わせてくれました。

「お客様に、間違いの無い物を」

Good タイミングだったのでしょうか・・・

アフリカの空1

1990年の何月だったかはもう忘れてしまった。夏のとある日、私はサハラ砂漠上空にいた。出向先の仕事で、ナイジェリア、象牙海岸のカントリーリスク調査に係る定例出張を行うためだ。日本からナイジェリア行きの直行便はないので、ロンドン経由でラゴスに入ることにした。ヒースロー空港のアフリカ諸国行きターミナルヘ行くと周囲は黒人の人たちばかりで、いつもとはいかにも違った風景となり、多少緊張した。離陸して2時間程度で雄大なヨーロッパアルプスを越え、碧い碧い地中海を越えるといよいよアフリカの空だ。

 サハラ砂漠というと何となく砂砂漠のイメージが強いが、大部分は土漠だ。砂砂漠はモロッコ南部からニジェールあたり等の一部分だけらしい。眼下には、サハラの名前が示すとおり、赤い大地が見渡す限り続いていた。途中、ニジェール辺りの田舎の空港で給油した後、いよいよ目的地ラゴスに到着だ。熱帯雨林気候のラゴスは空気も重く湿っており、空港の空気自体が緑色に見えた。緊張してパスポートコントロールを通過するとさっそくトラブルだ。いつまでたってもトランクが出てこない。結局、ヒースロー空港でのトランジットの際に間違えて成田空港に送り返してしまったことが分かったが、その頃、日本では、成田空港に持ち主不在のトランクが着いて、妻と勤務先では大騒ぎしていたらしい。ナイジェリアでは国際電話が上手くつながらないので、後日、象牙海岸から妻のところに電話したのだが、私の身の上を本気で心配してくれたのは後にも先にもこの時だけだった。

 さてナイジェリアだが、通常の出張は出張者がすべて自前で移動し、宿のアポ取得等も行うのだが、ナイジェリアは当地一流ホテルさえ危険だということで、いつも日本の商社のゲストハウスに泊めてもらっていた。私が行った際は、伊藤忠商事にお世話になったのだが、いろいろと目を見張らせられることに出くわした。ゲストハウスは銃を持ったガードマンが警備をしていたのだが、家の中の階段の上り口に鉄格子があるのには驚いた。話を聞くと、強盗が押し入った際には、ここに鍵をかけて二階に逃げ込み、強盗が鉄格子を突破するまでに何とかするのだそうだ。いやはや日本の安全さを身にしみて感じましたね。それから、トランクが日本に行ってしまった私は、出張の相棒から紙パンツを譲ってもらったりしたのだが、ゲストハウスでもワイシャツや下着類を洗濯してもらっていた。ある時ふと見ると、現地の従業員が下着類にアイロンがけをしているのでなんでやるのか聞いたところ、干し物には必ず虫が卵を産み付けるので、そのまま着ると孵化し、幼虫が人間の皮膚を食い破って体内に入ってしまうのだそうだ。そもそもナイジェリア人は、体格も立派で性格もかなり激しいため周囲の国の連中からかなり恐れられている。人間もそうなら虫もそうなのかいとびっくりしてしまった。実際、職場の先輩がナイジェリア出張から帰って来て、足が痛いと言って医者に診てもらったところ、虫が体内に入っていたという話があったぐらいだ。

 ラゴスでは、大蔵省や中央銀行のちょっと偉い人に会って、今後の財政や金融政策はどんな風にやる方針か聞いたり、日本大使館の経済担当官や東洋エンジニアリングさんなど日系企業から現地情報を得たりした。現地の日本人の皆さんはすべて単身赴任で、大概は家族をロンドンに置いての赴任とのことだった。大使館の医者以外は心配なので、ちょっと分からない病気になったりすると、ロンドンに行くのだそうだ。地域大国としてナイジェリア官僚は誇りと多少の傲慢に満ちており、良く聞き取れない巻き舌英語でまくし立てられたが、一方で町中の路上生活者の様な人たちもどこで手に入れたか日本製のラジカセを売りつけようととにかくエネルギッシュだった。ナイジェリアは3泊しただけの短期滞在だったが、次の象牙海岸とともに私の人生の中で今も強烈な体験として残っている。象牙海岸は観光で入れるので、いつの日か家族をつれて行きたいものだ。さて、出張の話の方だが、最大の難関の出国の時が近づいていた。(続く)

決算で思うこと

この時期、確定申告に行かれた方も多いかと思います。
天竜精機の決算も12月。
個人の決算も12月。
一年の振り返りと締めをおこなった結果を提出する時期です。
ここで振り返りと提出するのは経済的な収支の部分だけになります。

私達は経済的な部分だけで区切りを迎えているわけではありません。
小学校・中学校・・・など勉学の節目。

一番大切なのが自分の人生の設計と見直し。
社会人になって5年くらいのペースで見直す機会があります。
それは保険の契約更新です。
最初は義理で入っていた感じの保険でしたが、子供が生まれ、成長し、そのたびに保険の見直しと自分の人生設計の見直しをするきっかけにしてきました。

自分の夢の見直し・・・最近全然してないな。
たまには夢の見直しをしようかな。

確定申告ということで、ふとそんなことを思った朝でした。

わき愛あい雑談会

3月3日の全社参加の
『気楽にまじめな雑談祭り』を実施して、
そこに参加した営業技術部のメンバーから、
『ぜひ、営業だけで同じようなオフサイトを実施したい!』
と要望が出ました。

『この気持ちを大切にしたい』と、
早速スコラコンサルの長野様に相談した所、
快く、了解を頂きました。

それからの、動きが早かったです。
その名も、
『わき愛あい雑談会』次の日には進行役を決めて、
スケジュール、お品書きまでたたき台を完成させ、
確認の為に、
長野様にも見て頂きました。

アドバイスを頂いて、
3月22日に備えて準備中です。

営業技術の中で、
日頃、もやもやしている事を表に出して
みんなで共有して、
1つでも、すっきり感が出たら良いと思います。

ハードルは、低いところから徐々に上げて行けるように、
進められれば良いと思います。

新しい発見が出来る事を楽しみにしています。



今日立会がありました。

今日、立会がありました。
この機械は、コネクタの自動組立機で
今回は、4台作っていて、合計20台になります。
その1台目が立会になりました。

この機械の担当チーフはすでに何台か手掛けていて
機械の内容、調整ポイントを全て理解しているベテランです。
組立から立会まで約4週間あり、その全てを任していました。
組立、配線、位置出し、ランニング、キズ取り等
どの工程にどのくらいの時間配分でやるか決めて進めてもらいました。
立会が近づくにつれ、ペースが遅いと感じる場面があり、
大丈夫?キズ取りの時間がなくなっちゃうんじゃないの?
ランニングでしっかり流し込み、問題点を早く見つけて対応してね。
等心配でしたが、本人は、大丈夫です。ときっぱりいっていました。
先週サンプルを送った所、キズの指摘がありました。
さっそく、その修正を行い、流れの確認を行いました。

ところが、先週末、担当チーフの親戚のお葬式が立会当日にある事がわかりました。
「立会優先にしてくれ」とも言えづ立会を延ばしてもらおうかと営業と相談しましたが、
お客様は、1日も速く機械がほしい状況なので、なんとか立会してほしいといわれました。
この機械はすでに何台も作っているので、経験者をさがし、
変わりに立会ができる様にお願いしました。
Mさんは、最近この機械の担当をした事があったので
お願いしてみると、「いいですよ」とすぐにOKしてくれました。
金曜日と土曜日に今の機械の問題点と残工事の確認をしてもらい
急遽、前任の担当者に代わり立会を受けてもらう事になりました。
午後から、立会になったのですが、連続運転している様子が無く
心配だったのですが、夕方から稼働テストが始まりました。
結果を聴いてみたら、停止回数もほとんどんなく、
画像NGが多く出ていたが、端子の問題という事でした。
無事、立会OKになり、残件の調整をする事で、予定通り出荷する事になりました。
ピンチヒッターのMさんには、大変お世話になりました。

まったく新規の機械だと、直前に担当が交代する事はできませんが、
リピート機だとこういう方法もあるんだと改めて感じました。
立会に合わせ調整してくれたSさん、直前で交代して立会をしてくれたMさん
ほんとにありがとうございました。
このような協力のおかげで、
お客様に予定の納期で機械を提供できているんだと再認識しました。
これからも、みんなの協力で、納期通りに機械を作っていきたいと思います。

東日本大震災から一年


東日本大震災から一年が過ぎました。
今日、3月11日、14時46分、市内中にサイレンが鳴り渡り、
黙祷を捧げました。
亡くなられた方のご冥福と、被災地の復興を祈りながら・・・。

プリンさんが、ひまわりを植えたという記事がありましたが、
ただお金を寄付するだけじゃなくて、「ひまわり」 の花のイメージが、
人と人の心を繋いで、復興を根底から後押しできるような気がします。
そんなわけで、私も一口乗らせてもらうことにしました。

寄付だとか、義援金だとか、規模が大きくなればなるほど、その行方に
ついて少々疑問を感じるのですが、今どきの義援金は、ネットからでも
協力ができるんだと感心しながら、日本赤十字社のホームページから
つい、送金手続きをしてしまいました。
いや、間違えたわけではなく、積極的に、自発的に募金をしたわけです。

義援金に関するホームページを見ていると、こんなロゴが興味を惹きました。
     pray4japan_logo.jpg

   『PRAY FOR JAPAN ‐3.11 世界中が祈りはじめた日』

世界中から寄せられたメッセージが詰まっています。
その中のひとつ、
  「大丈夫」の漢字には人が3人集まってるから
     安心を感じる言葉なんだって
                       @373ccho
なるほど、3つの 「人」 がある。
住む家がなくなって、家族と分かれ分かれになって、暗く、寒い夜がきて、
避難所に集まった人たち・・・
心細くなった時、励まし合って生きようと・・・
そんな経験をしたことの無い私には、それはそれは、想像を超えた世界です。
それでも、人は人と一緒に生きて行くんですよね。 決して一人ではない。
孤独死なんてとんでもない話です。
会社には会社の仲間がいて、地域には地域の仲間がいて、
そして家族がいる。

誰も皆、助け合える仲間の中で生きている。
そう信じたい今日、3月11日でした。


..........................by 隣の住人


被災に負けず・・・

明日で東日本大震災から1年を迎えます。
震災で被災された皆様に心よりお見舞い申し上げると共に
一日も早い震災復興をお祈りしたいと思います。

 最近、家電量販店やホームセンターのLED照明売り場で、パンソニック、
東芝など大手家電メーカーなどと肩を並べ、新参メーカーであるアイリス
オーヤマ製品が正面一等地に展示されている姿を良く見かけ、気になる
存在でした。

実はこのメーカーは仙台に本社を置く1000億円企業で、昨年の震災の折、
津波の襲来は免れたものの開発拠点や工場など大きな被害愛を受けていた
ことを知りました。

最近の日経BPに“変化対応の企業”として取り上げられており、その
一部を紹介します。

2009年よりLED市場に参入し、わずか2年でライバルの大手電機メーカー
を抜き去って、国内シェアで頂点に上り詰めた。
この市場への参入は最後発であったにもかかわらずだ・・・。
変化対応力のすごさは以下の通りです。
・価格設定・・・LED商品普及の遅れ原因は高価格にあることに気づき、
        消費者から受け入れられる価格を設定する。(原価はそれ
        に合わせ作りこむ。)
        結果として販売価格は他社比較で3割以上安く販売。
・販売チャンネル・・・家電量販店、ホームセンターはもとより法人需要
        のB to B市場にも販路を拡大。
        主婦の心理を読み、ドラッグストアにも供給し飛躍的に
        売り上げ拡大。
・開発スピード・・・設計段階より関連部署も同時に動き、起こり得る
        問題点等を早めに解決し、開発速度を高め、他社との
        比較で1/2の期間で新製品を作り上げてしまう。
        “他社がバトンを渡していくモノ作りなら、ウチは伴走
        しながら作っていく感じ”とのアイリス上層部コメント。
・生産体制・・・主工場は中国にあり、そこでは3割以上の空きスペース
        を用意。増産を要すときは即その遊びスペースを有効活用
        し、機会損失を作らない。
・収益確保・・・LEDチップ以外はほぼ自社で製作し、内製化率を高め、
        収益を確保。

 環境対応商品として市場をにぎわしているLED照明であるが、最後発
でありながらこの短期でトップに上り詰めたこの企業の底力、従来概念を
払拭しての新たな発想力のすごさなど学ぶべきことは多く、我々の日々の
業務の参考ともしていきます。
 
 被災にもかかわらず今期は売り上げ、営業利益それぞれに過去最高の
数字を達成ということですが、逆境をプラスに変え、常に次なる戦略目指す
というこの企業の今後に注目していきたいと思います。

サンキュー

久々の空からの写真

豊科より少し北にある
生坂村の上空からです

生坂の空より

今日は、「ありがとう」の日
3月9日で「サンキュー」

「ありがとう」がどのくらい言えたでしょうか。

意外と言えないのが現実ですが
それでも言ってあげたいありがとうが
ありました。

最初にお断りして置きますが
これはまったく手前勝手な個人的な内容ですが
あしからず・・・

今日の昼、いつものように?妻弁当を食べようと
ふたを開けてみると、昨晩の残りの
イカのリング揚げが・・・

いや違う、残したのは確か3つだけだった
でも弁当には5つ入っている・・・

ということは、朝新しく揚げてくれたんだ
更に昨夜はそうしてなかったが

リングの形はそのままで、4か所に
切れ目が入って実に食べ易くしてあった。

この心配りがとても嬉しく、帰って早速
「ありがとう、とても食べ易かった」と
感謝しました。

明日は、踊りの準師範試験を受けに3時に起きて
東京まで行く事になっていて頭の中は
それどころではない筈なのに

「ありがとう、試験頑張ってきてください。」

営業って何?

最近、コンサルタントのN氏から薦められて、「生産財マーケティング戦略(アマダに学ぶ売れる仕組みづくりと実践マニュアル)」を読んでみた。この本は題名のとおり金属加工機械の総合メーカーである株式会社アマダさんのマーケティングに係る考え方や実践マニュアルを書いた本なのだが、全体を通してみればアマダさんの考える営業のあり方を書いたものだ。マーケティングというものは、実施の前提としてまず営業戦略があって、それに沿って実施されるものなので、マーケティングに関して話せば自然と自社の営業に対する考え方をも話すことになるわけだ。

 アマダさんの考える営業とは、自社製品を使った課題解決型営業そのものだ。顧客の生産現場で抱える様々な課題の解決策とアマダさんの次期製品の開発を結びつけるものがマーケティングであり、こうした流れに沿って生まれた製品を顧客に導入してもらい、生産現場で課題解決に役立ててもらうまでのすべてのフローを総称して営業と呼ぶのが、アマダさんの考え方なんだろうなと思う。アマダさんが取引先企業に提供するのは、価値であって、加工機そのものではない。アマダさんはこうした提供価値が顧客サイドから見た「この商品を買わなければいけない理由」となるために顧客へ積極的に刺激を与えて「何かをしなければ生き残れないかもしれない」という問題意識を喚起させる仕組みを持っている。「攻めの提案営業」ということだ。

 営業のあり方は、それぞれの企業であり方は違うものだろう。こうした提供価値を認めてもらおうとする営業は、顧客の現状を知り、その中で抱える課題に対し自社製品を活用した解決策を提案し、その提供価値(≒価格)を認めてもらおうとするもので、担当者には高いレベルが要求される。もちろん、すべての取引先がこうした提案営業を求めているわけではないので、先方の求める仕様に沿った見積書を提示するやり方の先もあるだろう。また、アマダさんの営業担当者は歩合給とのことであり、営業目標達成に向けての強い意志も必要だろう。それでも、一社でも上記のような提案を喜んでくれる先があり、かつ一回でもそうした提案(提供価値)を認めてらえたなら営業担当者冥利につきると思う。アマダさんは、組織としてそうした営業部隊を支える仕組みを作りあげてもいる。

 アマダさんのHPを見るとリーマンショック以降の業績は若干苦労されているようだけれど、営業担当者は目標達成への厳しさを感じつつも日々の活動の中で営業の基本中の基本となる顧客の生産技術担当者との人間関係を築いたり、ネタとなる課題の探り出しに頑張っているんだろうなと思わず想像してしまう本だった。  以上

ひまわり植えます

Wチョッキンさんが剪定をして花梨の木もスッキリしています。
今年も元気に実をつけてくれるはずです。

やると決めたらやる姿勢にはいつも脱帽です。
すごく刺激を受けています。

さて私も今年は「ひまわり」を植えようと思っています。
「なぜ、ひまわり?」と思われる方、「おお!ひまわりか!」と思われる方、様々だと思います。

昨年の震災後に原発から放射性物質が漏れ、地元では何か行動しなければと「ひまわり」を復興のシンボルにする活動が始まっていることを知りました。
活動されている方々は「福島ひまわり里親プロジェクト」を立ち上げ、福島でひまわりの種を購入して、里親になって全国各地でひまわりを栽培し、秋に種を採取して福島へ送るというものです。

私でもできる貢献のひとつとして、この活動に協力します。
一番協力しようと思ったのは「ひまわり」の種と同封のラベルに手書きのイラストを入れる仕事を障害を持った方々の福祉施設が担当していることです。
福島ひまわり里親プロジェクト

まだまだ植えるには早いのですが、今年の夏は構内で「ひまわり」の花が咲いているのを見かけたら、この活動に協力していることを思い出してください。

実行しました!

先週やろうと決めた、
かりんの木の剪定を、
3月4日(日)に行いました。


剪定を待つ花梨の木(12-2-21)
(剪定前のかりんの木)


午前中は、雨が降る前でしたので、
まず、自宅から持参した広葉樹の腐葉土を、
かりんの木の周りを掘り起こして与えて、
ついでに「米ぬか」を肥料としてまきました。
(これは昨年と一緒ですので、大丈夫と思います)

その後、木に登り、
徒長枝の剪定を行いました。
自分の好きなように、
カット出来ますのでこれは結構楽しいです。

まったくの「自己流」ですが、
このやり方で、
昨年も、大きな実を付けてくれましたので、
自然の力に感謝です。

剪定しました
(剪定後のかりんの木:地面も掘りました)

手を掛ければ、それが成果として出ます。

自分たちが取り組んでいる機械造りと一緒で、
達成感を感じる為には、
何もしないのでは感じられません。

自分が努力して、苦労して、その結果として
成功したり、結果が出た時に
大きな喜びとして帰ってきます。

そんな機会を自分としても増やして行きたいですし、
他のメンバーにも、感じられる場を
作って行きたいです。

多能工が進んでいます。

現在、天竜精機には、「チャレンジテーマ」という活動が進んでいます。
チャレンジテーマは、お客様に選ばれ続けるために、
お客様の右腕になる為に、ハードルの高いテーマを決めて
テーマ実現に向けて進めています。

その中に、「多能工」チームがあります。
天竜精機には、総務、営業、設計、管理、加工、組立と
いろいろな職種があり、お客様からいただける仕事も
山谷があり、山になった時には、とても納期を守る事ができないので
御断りしている場合もあります。
お客様の要求に答える為にも、
山になっている部署に柔軟に応援できる体制をつくり、
決められた納期が守れる体質にしたいと思っています。
その為には、いろいろな仕事ができないと応援もできないので
山になりやすい部署の基礎教育の計画をたて、実施し
要請があった時に対応できるスキルを身につけてもらっています。

今回も組立グループの応援で5名の方が手伝いに来てくれています。
3名は、2月から来てもらっていて、
組立、調整までやってもらっています。
機械の調整は、覚えるのに時間がかかるので
いろいろの機械でベテランのメンバーと一緒にやってもらっています。

2名は、先週から組立に応援に来てもらっています。
組立にくるのは今回初めてなので
最初に組立の基礎をまとめた資料を見てもらいました。
後で感想を聴いてみると、専門用語がでてきたり、
初めてみる機器の説明があったりして、
なんの事だかわからなかったそうです。
仕事の流れも分からないので、一通りの業務を経験した後で
ある程度の知識を身につけ、その後で、
再度その資料を見ればわかりそうだという事でした。
又、「これ組み立てて」と言って図面と部品を渡されても
何を、どうやったらいいか分からず、
何をどう聞いたらいいか分からなかったそうです。

確かに、初めてやる仕事は、何の事だかわからなかったり
なぜそうするのか、どうやってするのか、がわかりません。
事細かく指示したり、どういう目的なのかを説明して
十分に理解してもらう事で応用もできるようになるんだと感じました。

問題点を教えてもらえたので、今後の教育に活用し、
応援できるメンバーを増やしていきたいと思います。

全国ビジネス商談会

先週の月曜日に、『全国ビジネス商談会』 という催しが、横浜パシフィコで
開催され、tankoさんと2人で参加してきました。
     パシフィコ横浜へ
     ※横浜 「みなとみらい」 駅のすぐ近くでした。

     展示ホール外観
     ※横浜パシフィコの展示ホールは、白く眩しかった。

     横浜ベイブリッジ
     ※会場建物の裏に回ると、横浜ベイブリッジが見えます。

『全国ビジネス商談会』 は、日本政策金融公庫主催によるもので、今年で
第4回目だそうです。 こんな催しがあるとは初めて知ったのですが・・・。
今年の参加企業は、720社あまり。 電子・電機、金属・機械関係が多かった
のですが、建築、食品、繊維、化学、情報、運輸など、あらゆる業界からの
参加がありました。 毎年、700社以上が参加しているとのことです。

だだっ広いホールに各社4つのイスを置いて、対面で商談を行います。
      会場左 会場右
     ※広い会場に、各社ブース(机1つ、イス4つだけの) がギッシリ。

     天竜精機ブース
     ※2人ずつ対面で商談を行います。

まったく勝手が分からず参加したのですが、まずは事前に登録した第1希望
の企業との 「個別商談会」 が30分間行われ、次に、「フリー商談会」 と称して
パンフレットを見ながら、各社のブースを移動し、希望する企業との商談が
140分間行われました。
事前に企業情報のパンフレットを渡されて、おおよその見当は付けてきたの
ですが、パンフレットの紹介文だけでは本当に商談が成り立つ企業なのかは
分かりませんでした。

結局、tankoさんと手分けして、計13社と商談を行いました。
加工業者、基板設計業者、機構部品商社などは、具体的な話ができましたが、
印刷機をPRしようと訪ねた企業は、いずれも製造部門を持たないということで
外注へのPRをお願いするに留まりました。
さすがに、これだけの数の企業の中では時間が足りません。

いろんな企業が一同に会して商談を行うというのは、効率的なのは確かで
すが、事前の準備が重要です。 いかに参加企業の情報を集め、狙いを定
めるかがポイントで、商談内容の濃さが違ってきます。
そういう意味で、今回は準備不足でした。
来年、また参加するとしたら、企業の紹介文から候補を拾い出し、
ホームページや、直接電話するなど、事前に業務内容を確認する必要が
あるだろうと思います。 しかし、あまり時間を掛けたら、商談会へ参加する
意味が無いような気もして・・・。 難しいところです。


..........................by 隣の住人

オフサイトミーティング

今日3月3日は、ひな祭りです。
ひな祭りにちなみ
 ~気楽にまじめな雑談祭り~
      という名称でのオフサイトでした。

初体験の8名を含め総勢19名で行われました。

IMG_2459.jpg

今回はチャレンジテーマの世話人の皆さんの独自なはからいで、
この会が催されました。
日ごろよりオフサイトに関心があるが、参加の機会がない人にも
出席してもらい、自由な意見交換の場を提供したいとの思いから
企画したとのことです。

今日は
“日ごろ思っていること、感じていることを気軽に言い合い、
  聞き合い、分かり合い、そして楽しもう”
                 が目的です。

人数の都合で2チームに分かれ、
 自分について、
 仕事のモヤモヤについて
 意見発表、その後質疑応答形式で行いました

最初は緊張気味でしたが、即打ち解けて活発な意見交換の場
となりました。

IMG_2462.jpg
この咲顔、いかがですか?

ジブンガタリ
・速く大人の世界に入りたいと思い高校卒業後、即入社し、早7年になる。
 それまでは単調な日々であったが、入社後は過去に味わったこと
 のない充実感を満喫することが出来、毎日が楽しい。
 今までは人とのコミュニケーションをとることが苦手であったが、
 最近は変わろうとの思いが前面に出るようになり、自分に変化が出始め、
 積極的に会話が出来るようになった。周りからも高い評価を貰って
 嬉しく思っている。
・今までの自分は人見知りをするタイプで心からの咲顔を作れなかったが、
 入社後は職場の雰囲気にも助けられ、自然体での咲顔が出来るように
 なった。
仕事でのモヤモヤガタリ
・子供に将来何になりたいかと聞いたところ、お父さんの会社で働きたいと。
 理由を尋ねると、お父さんを手助けして早く帰れるようにしたい。
 残業等で帰宅の遅いお父さん、一緒に遊べないお父さんを見かねての
 発言・・・切実です。
  仕事は楽しいが、家族には申し訳ないとの思いがあり・・・モヤモヤ
・体外的な業務をやっているが、楽しく働けていない。
 企画・行動が結果と結びつかず・・・モヤモヤ
                   など多くの発言がありました。
 
オフサイトミーティングという場を借りて、日ごろの会話では聞きだす
ことが出来ない話、伝えにくい話、自慢したい話、普段話せない悩み
などを真剣に聴き、そして素直に語り合うことが出来、それぞれに
満足顔で終了することが出来たと思います。
特にモヤモヤガタリは隠れていたものを表に出すチャンスであり、
対応すべき課題が明確になる訳です。今日の話し合いだけで解決は
出来ませんが、明日からの業務内でさらには次回のこのような会など
で糸口が見出せればベターです。

有志を募っての初めてのオフサイト、中身のある一日でした。
参加された皆さん、お疲れ様でした。 


会社操業の歴史

前途洋々の今日
昔を語る意味は あまり無いのかも知れません。

しかし、自分の会社の歴史を知っておくのも
ルーツと言う意味で大切な事と信じて
かつて社史作りを行った時に得た情報を
ここに記載しようと思います。

長くなりますが、是非 目を通して頂ければと
思います。

この記事は昭和35年(1960年)6月に
当時の役員会の内容を綴ったものです。

本年1月10日、最初の従業員
(村上千恵子 他5名)をスイッチ組立要因として
帝国通信工業赤穂工場に見習いに派遣致し、
延べ21名が組立技術習得のために
帝国通信工業赤穂工場にお世話になりました。

この間なみなみならぬ御好意と御指導を頂き、
これらの帝通見習生が現在の組立工場の基礎を
作ったわけであります。

当社重役、亀田釜次郎氏の御好意により氏の
住宅裏の下駄工場の一部を借用して2月4日
第一回帝通見習生6名を引き取りスイッチ組立作業
を開始致しました。

時あたかも冬の真只中で毎日零度を下回る室内で
設備の不備のため大変従業員は苦労致しました。

3月10日、最後の見習生を引き取り、本格的に
スイッチ及びシャフトの組立作業を4台の
コンベアーによって実施して参りました。

その間、本社屋は芦部社長の土地を借用致し、
赤穂小学校の旧校舎を購入致し2月初旬より
工事着工致し、3月一杯完成を目標に工事を
進めて参りました。

小林工業所のお骨折りを頂いて予定通りに
社屋完成致しましたので、4月8日に
亀田氏裏の仮設工場より移転し、4月9日
より新工場二階で気分を一新して作業を
続行致しました。

3月7日、諏訪大三製作所にシャフト製作
技術見習いのため小池昌男を3月28日迄
派遣しました。

5月24日諏訪より河西氏を工作工場主任に
招へい致し、ようやく本格的シャフト製作
作業を開始致しました。

5月末の決算とは工作工場の仕事は未だ寄与
して居ませんが6月分より相当に希望の持てる
状況であります。

尚、作業員の増加の状況
 1月末 ~ 10名
 2月末 ~ 30名
 3月末 ~ 32名
 4月末 ~ 40名
 5月末 ~ 43名
 6月末 ~ 50名
主たる機械台数
 組立コンベアー    4台
 第4号パワープレス  1台
 切断スリ割機     1台
 3号ベンチレース   5台
 4号ベンチレース   1台
 卓上ボール盤     1台
 卓上グラインダー   1台
 帝通借用機械    13台

以上が原文のままです。(一部省略)
機械名称のベンチレースというのは
卓上型の簡易旋盤のようなものです。

仮設の工場から、現在武道館が建たって
いる場所へ移転し操業を始めたという
文献は、この第3回役員会資料にしか
記載されていません。

故、芦部啓太郎初代会長が雇用確保を
唱えて起こされたのが、私たちの会社です。
プロフィール

あすなろ

Author:あすなろ
自動機・省力化機械の開発・設計・製造組立の天竜精機

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