変化を楽しむ

  多分、You Tubeが世に登場した頃からだと思うのだが、いつ頃からか若いミュージシャンの楽曲を楽しむようになった。最近は中高生に絶大な人気を誇るSEKAI NO OWARIを気に入っていて、あるカラオケバーで「Dragon Night」を歌ったところ、ママが「今、二十代の若い子がこの歌をとても喜ぶのよ。」と嬉しそうにハイタッチをしてくれた。このSEKAI NO OWARIというグループはアップテンポな曲が多いのだが、昔ながらの曲の切れ目と歌詞の切れ目が一致しているようなものとは違って、歌い方もある意味トリッキーで面白い。女房に言わせると「変な曲」ということになるようだが、最近の曲ではこうした特徴のある曲が結構あって、カラオケ用に覚える時は最初ちょっと大変だけれど、歌っている本人は結構曲調を楽しんでいる。

 「昔は良かった」と人は言う。「昔は良かった」には「昔の歌は良かった」というのも含まれているのだろう。確かにいろいろな思い出と重なっていてノスタルジックに思い出されるのが昔の曲だ。学生時代から社会人なりたての頃の曲は特に思い出深く、セピア色の場面と共に懐かしく脳裏によみがえってくる。ただ、それとは反対に人は新しいもの、新しい曲に対する関心がある時から全く持てなくなって行くように思う。僕も駐在員として日本を離れた三十代初めの頃から新しい曲を聴かなくなった。仕事に没頭していった時期とも重なるかも知れない。まれに聴くとしても昔好きだったあのグループは今どんな曲を歌っているんだろう程度のことだった。日本に帰ってきてからも巷に流れている曲が耳に入ってもどうも最近の曲はつまらないものが多いな程度で、なんで今のミュージシャンは昔のようないい曲が作れないんだろうと思っていた。

 それがネットの時代に入って自分がその気になりさえすれば気軽にこうした音楽ソフトに触れられるようになり、ちゃんと自分の目を見開いて人気のある曲をいくつか探して実際聴いてみると、自分の好みに合う新しい曲、若いけれど面白いミュージシャンはいくらでもいることに気がついた。確かに昔と全く同じものではなく、変化しているが良い曲の本質は変わっていないように思う。人は年齢を重ねるにつれて周囲の変化に対して自らを閉ざしてしまうところがあると思う。新しいもの、変化の結果生まれてきたものの中にも本質を共有しているもの、素晴らしいものはいくらでもあるということを我々のような世代は特にいつも意識していかないといけないように思う。音楽を楽しむという日常的な一場面の中に人のそんな側面を感じることがあるんだよね。以上
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自動機・省力化機械の開発・設計・製造組立の天竜精機

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