丸くなった?

先日、前の職場の後輩と酒を飲んだ際に「うふふ、メッシさんも丸くなりましたね!」と言われてしまった。「人と合わせることができるようになりましたね!」ということらしい。そう言えば、ちょっと前に息子にも「お父さん、丸くなったね!」と言われたことを思い出してしまった。人間、歳をとると丸くなったと言われるケースを巷でも良く聞く話だけれど、私自身は嬉しいと思って聞いたというよりも困惑して聞いた感が強い。

 丸くなることは良いことなんだろうか。丸くなったと言われると、物事に対するオモイの強さが以前よりも薄れてしまったんじゃないかと感じてしまう。前の職場ではとにかく会社のあるべき姿を自分なりにいつも考えて、特に本部にいて会社全体の施策を立案・実行する立場にいた時などは、経営トップのいやがるような施策も随分実行した。自分の評価には必ずしも繋がらなくてもその部署を離れる際には自分の取り組んだ仕事として自分自身に恥ずかしくない仕事ができたと思った。ただ、あるべき姿に向けて正面突破を繰り返した分、その間は常に強いストレスを感じていて、休みの日などはヒーリングミュージックを随分聞いたなぁ。役員には役員の立場があって、そことあるべき姿とのバランスを取りながら進めることもこの社会で何かを実現して行こうとしたら大事なことかも知れないけれど、当時は気付いていながらも気付かないフリをしていたね。相手の立場も考えつつ、持って行きたい方向へ時間をかけて持っていくというやり方もあったかもしれないけれど、今でもあれはあれで良かったんだと納得している。

 子供に対してもそうだったね。子供の将来に重要な教育にはカネをかけたけれど、贅沢はさせなかった。高校性になってもケータイなどは持たせなかった。英国駐在で学んだことのひとつに子供を必要以上に甘やかしてはいけないということがある。子供に大人になることへの希望を持たせるためには、子供の段階から現状に満足させてはいけないということだ。親はミュージカルを観に夜出かけるけれど、子供は簡素な夕食をとって早く寝る。だからこそ、子供は早く大人になりたいと思うわけだ。我が家の子供たちにも大人になることへの希望を持たせてやりたかった。「立派な大人になってくれて、もう厳しいことをそんなに言う必要がなくなったということだよ。」と息子に説明したものだ。「親は子供に対してそうした責任を持つけれど、孫に対しては無いからね。今度はお前の番だぞ。」とも付け加えておいたよ。

 当社を今月末に去るわけだけれど、どれだけ皆に厳しいことを言い残せるか。「こんな状況でいいのか?」「君は皆のため、会社のために何をするんだ?」「こうした方が良いと思うのなら何故実現させようとしないんだ?」厳しいことを言うのはエネルギーが要る。自分から発した言葉はすぐ自分にも跳ね返ってくるからね。自分はそれを言えるだけの資格があるのか、それに相応しいことを自分でもしているのかってね。「メッシさんがいなくなったら、厳しいことを言う人がいなくなっちゃうじゃないですか。」って誰か言うけれど、そうじゃないだろ。君達自身が言わなくちゃ。年齢に関係なく、やっぱり変に丸くなっちゃいけないね。以上
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自動機・省力化機械の開発・設計・製造組立の天竜精機

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